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羽島幽平の平和な日常 第3回

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<章=TVドラマ初主演記念・特別寄稿エッセイ
羽島幽平の平和な日常 第3回>


 今回は、前回の幼い頃の思い出の中にちらりと登場した、私の兄の話をしようと思う。私は、常々兄のことを尊敬していると発言しているので、御存知の方もおられるだろう。その兄のことだ。
 兄がまだ幼稚園児であった頃のこと。そのころ私はまだようやくことばを話し始めたばかりの三歳児であった。幼稚園までの送迎を母と一緒にしていた。
 兄は今ほどは狂暴でもなく、六歳くらいの男の子にしては非常に温和しい子供であった。当時の写真を見ると、髪の色は薄く、ふわふわとしていた。身内の贔屓目かもしれないが、愛らしい子供であった。
「おれ……ようちえん、いきたくない」
 ある日、兄はむすっとつぶやいて、めずらしく玄関先で駄々をこねた。ワガママなど滅多にしない子供であったが、一度こうと決めてしまうと頑として曲げないところもあった。両親は顔を見合わせ、そっと相談した。いじめられているのか、と訝しみ、それとなく幼稚園に事情を確認してみた。担当であった保母さんは、ためらいがちに事情を語った。
「いじめ…じゃあないんですが……」
 その頃、幼稚園に新しい園児が入園していた。兄の不機嫌の原因は、その園児であった。
「どうも一目みて、しずお君を女の子と勘違いしたようで。しずちゃん、て呼ばれてますしね。それで、”しずちゃんをおよめさんにするー”と言って追いかけてて……。子供なので無邪気なんだと思うんですが、しずお君はかなり気にしているようで。しずちゃんは男の子だと言っても、ちっとも納得してくれなくて。”おとこのこなら、おんなのこになって”なんて言い出しまして…」
 その男児の影響を受けたのか、他の男児たちも真似をしはじめたという。次々に求婚されつづけ、逃げ回る日常に、次第にイライラを溜め込み、等々行きたくない、ということになったらしい。
 両親もそういう事情ならばあまり休ませるわけにはいかず、一日は休ませ、次の日は登園させた。母は内心では(女の子に間違えられるなんて、シズちゃんはほんとにかわいいのね)などとのんきに考えていたようだ。
 さて次の日、なんとか幼稚園に重たい足を引きずるように行ったしずおであったが、求婚者たちからあやうく「ちかいのきす」をされそうになって、とうとう我慢の限界がきたらしい。
「おれは、しずおだ。おんなじゃねえ! しずちゃんじゃねええええ」
 兄は、それまでためこんでいたストレスを一気に爆発させ、男児をなげとばした。彼は火がついたように泣きだし、それ以降、兄を追いかける者はいなかった。
 今思えば、あれが兄のキレた最初の行動だったに違いない。あれ以来、兄はシズちゃんと呼ばれることを極端に厭がり、シズちゃんと呼ぶ者はほとんどいない。



***
「幽平さん」
「なんでしょう」
「最近のエッセイ、お兄さんの話しか出てないですよね」
「すみません」
「いえ、それはいいんですが。少しは、ドラマの話をしていただかないと、ちょっと、すこうし…いえ、かなり困るんですが……」
「そうでしたか」
「というわけで、これは没で」
「……」
「お、怒らないで下さい」
「……怒ってません。わかりました、書き直します」