となりのヤマケン君
トキメかなきゃなんねーんだ。
勉強とハルしか目に入らない女なんか、に。
「ヤマケン君、」
隣の席の水谷雫がそう声をかけてきた。
「ちょっとここ教えてもらいたいんだけど」
トンと、参考書のとある項目を指で指し示しながら、水谷の無機質な瞳が俺をまっすぐ見つめてくる。
「あ?」
そんな滅多に質問なんてした事ない水谷に途端にトキメいてしまう、俺。
「あぁ……いいけど」
表面上はぶっきらぼうにそう返事する。
それでも内心は、水谷に頼られたみたいでなんとなく嬉しくなった。
ここは進学予備校。
学校がはけた後に俺が水谷雫と唯一、共有できる時間だ。
「これじゃどうにもなんねーから……こーして、こうだからこーなる」
「……なるほど。」
俺の言葉に熱心?に頷きつつ、参考書を眺めながら水谷がつぶやく。
そんな水谷の姿に俺は半ば呆れつつ、それでも目を逸らせないでいた。
こーして見ていると。
松陽の制服に小柄な身体に、長い髪を無造作に二つに束ねているいつも、見慣れている水谷の姿は
わかっているつもりだが見れば見るほどシャレっ気も色気もない。
周囲の女どもは普段でもおしゃれに気を抜かずにいるっていうのに、こういう無表情でいつも勉強に
必死になって学年一番を目指すガリ勉タイプの『おしゃれには見向きもしません』的なスタイルを、
地でいっちゃってる。
ホントならこんなダサイ女、見向きもしないんだがな。
俺どうにかなっちゃった?マジで?
あぁ、でも。こうして見ていると。
意外に睫毛が長いんだな~とか。
指先が細いんだな~とか。
それに。
細い項(うなじ)がなんだか……
そこまで考えて、ハッとする。
イヤイヤイヤ、なに、そんなこと考えてんだよ!
俺は、俺は、こんな女なんか眼中にないし。
「?なに?」
水谷が不意に参考書から顔を上げた。バチっと視線が合ってしまう。
盗み見ていたこと、わかったのか?!
俺はとっさに作り笑いをした。
「や、その……、わかったか?」
そして、あくまでも表面上は自信たっぷりに問いかける。
俺は内心ドキドキしながらもその態度は崩さない。
水谷は相変わらずの無表情っぷり。
返事を待つこの瞬間が、俺にはものすごく長く感じる……
「うん、よくわかった。どうもありがとう、ヤマケン君」
俺が変にあたふたする間2秒も経ってないだろう。
水谷はクールに礼をいうと参考書を自分の元に戻し目で読み始める。
そのうちにシャープペンを持ち、カリカリとノートに書きだした。
あぁ、見れば見るほどなんか楽しそうにやっている。
正真正銘勉強大好きの、ガリ勉だ。
それがなんとなく許せない気も?したが、水谷に対して俺が思っていたことに気づいてないので、ホッとしていた。
あぁ、なんだかな。
なんで、俺はこんなガリ勉に心トキめいたりしてんだ。
一心不乱?に参考書とにらめっこしている隣の水谷を盗み見ながら、考える。
俺は水谷とは正反対の可愛い女が好きなんだ。
その気になれば、女が寄ってくるしその自信もある。
けど、自分でもよくわからないが。
今までまわりにいなかったタイプだからなのか。
それとも、俺の好みが変わってしまったのか。
勝手に、水谷の一挙手一投足を気にかけているし、必ず目で追ってしまう。
でも……、コイツは。
「ハルが、好き……なんだよなぁ」
ぼそり。思わず頭の中で考えたことが口に出た。
『答え』はとうにわかっているというのに、俺の入る隙間は初めからないというのに。
でもそれを、認めてしまうのが嫌なんだよな。
「ヤマケン君。」
「!」
不意打ちに水谷が声をかけて顔を覗き込んでいた。
俺は心臓が飛び出るほどに驚いた。
「な、なんだよっ」
「何ぶつぶつひとり言いってるの?トイレは我慢したら体に良くない」
「…………」
「まだ時間あるから、今のうちに行っときなよ。」
暗に勉強の邪魔だと匂わして、呆然としている俺をよそに水谷は参考書に目を戻した。
そして聞こえてくるシャーペンの音。
わかってる。
わかってるよ、こういうヤツだって。
ハルよりも、勉強をとるヤツだって。
でも。ちょっとだけ。
気にかけてくれたのが嬉しくて、俺はまた凝りもせず胸がトキめいていた。
fin.