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72 第二部 プロローグ 1919年冬 パリ

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1919年 パリ―

ダーヴィト・フォン・アーレンスマイヤは妻と今年9つになる息子を伴って、かの地でクリスマスを迎えていた。

12月初めに友人がパリで結婚式を挙げた。
そのウエディングパーティに参列するために、妻子と共にパリを訪れ「ついでだから花の都でクリスマスを過ごすのも一興」とそのまま市内のホテルに滞在していたのだった。

第一次世界大戦後のパリは、モンパルナス地区を中心に芸術文化が花開き、まさに花の都の名にふさわしい様相を見せていた。



家族でクリスマスマーケットを冷やかしホテルへ戻って来ると、コンシェルジュがダーヴィト宛に電話があった旨を伝える。

早速言伝えられた番号をダイヤルする。

― チャオ、ダーヴィト。

電話の主はウィーン時代の友人、イタリア人のエットーレだった。

― チャオ、エットーレ。どうしたんだい?

― 新生ソビエトロシアの大使夫妻から新年のお祝いに誘われているんだ。マルキストの新年のお祝いなんて興味がないか?

― ソビエトロシアの大使だって?…ベルサイユ条約にも参加しておらず、国として承認されていないソビエトロシアに大使…というのは、一体、どういう事なんだい?

― ああ。それはね…。

ダーヴィトの質問にエットーレが答える。

聞くと、その大使と呼ばれる男ははダーヴィトと同年代の、まだ30そこそこの若さだという。革命によって前代未聞の労働者国家を打ち立てたソビエトロシアには、国を代表して外交の表舞台に立つ人材が著しく不足していたのだろう。ヨーロッパ列強にロシアに新生ソビエトあり と認めてもらうために、非公式だが弱冠30歳の若さながら10代の頃からのバリバリの活動員だったこの生え抜きの党員の男にロビイスト活動の重要な一端を担わせ、パリへ派遣させているらしい。その男は元侯爵家の出自で、教養・マナーも申し分ない上に、数か国語を堪能に話すという。昨年のブレスト・リトフスク条約締結にも参加しており、実績もあり、国の命運を背負ってのフランス派遣らしい。そういう経緯から彼は幾分かの揶揄も込めて「大使」と呼ばれているらしい。おまけにその夫人というのが金髪碧眼の頗る美人のドイツ貴族の出自だという。夫がドイツ亡命時代に知り合ったそうで、何と夫が祖国へ戻る折に駆け落ち同然で国を捨ててついて行ったという。その後モスクワ蜂起に敗れてシベリア流刑になった夫の6年間の不在をボリシェビキの事務所で働きながら、生まれたばかりの子供を育て夫の帰還を待っていたという筋金入りの女傑らしい。
その夫妻の経歴は、もう遥か昔に自分の前から姿を消して北の祖国へと去って行った、かつての旧友と、彼に想いを寄せていた男装の美少女を思い出させる。

― まさか、な…。
そんな自分の突飛な思い付きを、ダーヴィトは自嘲と共に取り消した。


―へぇ。ソビエトの命運を担った非公式な大使と美しき女傑か…。それは…興味がわいてきたな。

― だろ?おまけに二人とも音楽に明るくて。夫の方はヴァイオリン、妻の方はピアノの名手なんだ。お前きっと話が合うと思うぞ。じゃあ、パーティは6時からだから、時間前にホテルまで迎えに行くよ。じゃあな。

― ああ。じゃあな。

エットーレと大使一家のパーティへ伺う約束をして、ダーヴィトは受話器を置いた。

「ダーヴィト?どなたから?」

ロビーで通話を終えて戻って来たダーヴィトにマリア・バルバラが訊ねた。

「エットーレ・ルカーリからだ。ロシア大使夫妻から新年のお祝いのパーティに誘われているから一緒にどうだろうってね。お誘いを受けた。君もどうだい?」

「それは、楽しそうね。いつなの?」

「1日の夕方からだ」

「残念だけど無理だわ。レーゲンスブルグのオペラハウスでのニューイヤーコンサートに顔を出さなくてはならないから。…後援会の関係でね」

マリア・バルバラが残念そうに肩を竦めた。

「そうか…。じゃあ僕もそのパーティは辞退しよう。エットーレに電話をかけてくるよ」

椅子から腰を浮かしかけたダーヴィトをマリア・バルバラが制する。

「いいわ。私の方は…ちょっと顔を出すだけだから、私とコートの二人で平気よ。…あなたはそのパーティ、楽しんでいらして。帰ってきたら話を聞かせて頂戴ね」

「あぁ。じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。この埋め合わせは近いうちにさせてくれ。― コート、お母さまのエスコート、宜しく頼んだぞ」

ダーヴィトは傍らの今年9つになる一人息子のコンラートに目配せした。

コートと呼ばれた、利発そうな面差しの少年が父親に「任せて」と請け負った。



「Felice anno nuovo! エットーレ」

「felice anno nuovo! ダーヴィト」

ホテルのロビーまで迎えに来てくれたエットーレと新年のあいさつを交わすと、外に待たせていたタクシーでその「大使」一家の邸宅へと向かう。

赤いリボンで束ねたやどり木のブーケを手土産に持ってきたダーヴィトをエットーレが冷やかす。

「ソビエトロシアは―、マルキストは神を信仰しないんだぜ。それは、ないだろう?」

「そうか?でもこれはキリスト教の習慣じゃないぜ。それに―、ほら、リボンは…赤軍の「赤」だ!」

他愛ない与太話をしながら、屋敷へと通された。

エントランスには大きな円錐型のクリスマスツリー状の木が飾られている。

その木の影からチラリと金髪の頭が見え隠れした。

どうやら件の大使夫人のようだ。

後ろ姿しか見えないが、その夫人は当世風の断髪ヘアではなく長い金髪をきれいにセットし項のあたりですっきりとシニヨンに結っていた。シニヨンに挿された漆黒の漆の飾り櫛が鮮やかな金髪に映えている。

すらっとした体形で、おそらくシャネルであろうシンプルでエレガントなドレスを格好良く着こなしている。

スッと伸びた背筋が何となく妻を―、マリア・バルバラを想わせる。
何となく、もう15年も前に姿を消した金髪の天使の面影を想起させるのは、この夫人の鮮やかな金髪のせいだろうか。

― そういえば、あいつも生きていれば…この夫人ぐらいの歳だな。

ダーヴィトが一瞬感傷的な想いに心を持って行かれたその時―。

「この木はヨールカといって―、クリスマスではなく、ロシアでは新年を祝う木なのですよ」

招待客にその木の説明をした夫人の―、抜けのいいソプラノの声がダーヴィトの耳に入って来た。

― まさか!?…いや、でもこの声は!

その―、ダーヴィトの耳に飛び込んできた、澄んだソプラノは―、まさに15年前に自分の前から突如姿を消した、あの金髪の天使、ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤと名乗っていた、男装の美少女の声そのものだった。


「ユリウス!」

ダーヴィトが思わず声を上げる。

その呼び名に―、今や自分の身内の一部しかその名を呼ばない古い自分の呼び名で呼びかけられたその大使夫人が、ゆっくりと振り向く。

自分の姿を捉えた―、あの時と変わらない美しい碧の瞳が、驚いたように一まわり大きく見開かれる。

「ダーヴィト?!」