イージス護衛艦「くまの」、着任します。
私は海の上に居た。いや、海に居るのが普通だったのかもしれない。違和感は無い。
違和感があるのはそこでは無く、記憶。
よく、記憶喪失の描写に『靄がかかった』などが使われるが、まさしくその通りで、私の記憶は靄がかかったように乳白色に塗りつぶされていた。私が意識を無くす前、何をやっていたかが全く思いだせない。そして、覚醒している筈の今も霧の中におり、本当は夢なんじゃないか、なんて思ってしまう。
「あら?」
頭の中にインプットされている様々な計器類。その内の一つが、赤い反応を示した。一瞬でその数を認識する。
「アンノウン(正体不明物体)……45隊……」
私は嫌な予感がした。こう、見えない森で背中をゾワリと何かが走る感覚。私の中の“頭脳”は、考える。脳内のモニターを埋め尽くす赤い点は次々とまとめられ、最後は大きな5つの点となる。
「1隊9機編隊が計5体。脅威度判定を開始」
私の中の“頭脳”は、一瞬で隊ごとの脅威度を判定。脅威度が高い順にA(アルファ)、B(ブラボー)、C(チャーリー)、D(デルタ)、E(エコー)とコードを振り分けた。
「Aとの距離約30(30km)。方位191(南南西)。ADS(防空システム)を起動」
私は防空システムを起動する。何かが起きては遅い。そう感じたからだ。
私が積んでいるADSはイージスシステム――神の盾。弾道ミサイルも迎撃できるこのシステムに、弱点は無い。
私が万全の状態で待ち受けていると、視界が悪い霧の中で不用意にも橙の明かりを点灯させた飛行物体が近づいてきた。その形状は異形そのものであり、飛行のメカニズムも武装も分からない。
「護衛艦隊司令部に連絡を……」
この異常事態を知らせようと無線を起動、自衛隊専用接続システムを開始した。しかし、繋がる事は無かった。頭の中で“Error”の文字が暴れまわる。
「全ての接続システムが断絶……データリンク使用不能……っ!?」
私はこの時、朦朧としていた意識が漸くはっきりと覚醒する。
「ここって何処なのよ!?!?」
私は漸く、当たり前の疑問に気がつく事となった。
「はぁ? 衛星とも司令部とも連絡がつかない!? それどころか僚艦もいない!?!? もう、これどういう状況よ!!」
私はイラッと来て叫び散らしてしまう。しかし、直ぐに冷静になった私は無線を使って辺りに呼びかけた。
「こちら、日本国海上自衛隊第1護衛隊群所属のDDG-179 くまの。現在、不明海域にて遭難中。付近に船舶がいる場合は応答求みます。どうぞ」
その時の声は、ほぼ叫び声に近かった。
作品名:イージス護衛艦「くまの」、着任します。 作家名:tunamayo