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第二部 4(77)くちづけ

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前回の訪問から日を置かず、マリア・バルバラがダーヴィトを屋敷へ招いた。

「立て続けにご足労させてしまってごめんなさい」

マリア・バルバラは最初にそう告げると、早速本題を切り出した。

「このあいだ、あなたが校舎の裏でうちのヤーコプと校長先生が人目を避けるようにして会っていたと言っていたでしょう?…その件で、手掛かりになるかは分からないのだけど、あることを思い出して…」

― これ…。

マリア・バルバラが差し出したのは、金の鎖のついた金貨、所謂ゲオルク・スターラーと言われるお守りだった。

「…ゲオルク・スターラー?」

「ええ。これは、実はユリウスのお母さまから譲り受けたものでね。このお守りを譲り受けたきっかけというのが、ヤーコプが関わっていたという事を、ふと思い出して…」

そう前置きをして、マリア・バルバラはそのお守りを譲り受けたエピソードを語り始めた。

「このゲオルク・スターラーはね、お継母様の昔の恋人との恋の形見で、その人と「二人してずっと持っていよう」と肌身離さず持っていたものだったの。…その相手は、ヘルマン・ヴィルクリヒ先生。お継母様とヴィルクリヒ先生は、オルフェウスの窓で出会った恋人同志だったの。
窓の運命通り…、二人の恋は実らず、当時既にお腹にユリウスを身籠っていたお継母様はヴィルクリヒ先生の前から姿を消しレーゲンスブルグを去り、あの子を産んで一人で育てて、二年前父の後添いとしてこの街へ戻って来たの。二人が偶然再会したのは、昨年のカーニバルの時。ユリウスを捜しに出たお継母様が街中で偶然ヴィルクリヒ先生に再会したその現場を…私は目撃した。…悔しかった。まさかお継母様とヴィルクリヒ先生との間にそんな過去があったなんて知らず。私はお継母様の美貌にヴィルクリヒ先生が一目で恋に落ちたものだと思って…。初めて他人の美貌に激しい嫉妬を覚えた」

― あぁ、そう言えばこの女性がヴィルクリヒ先生に少女時代から熱をあげているというのは、ゼバスの生徒の間でも有名な話だったな。…自分に振り向いてもくれない男性に10年以上も恋心を抱き続ける姉に、愛する男と共にすべてを捨てて国境を越えた妹。ちょっとした見た目や表情だけでなく、情熱的で一途な気質もまた似通ったところのある姉妹だったのかもしれない。

尚もマリア・バルバラはつづけた。

「それから数日後、今度は人目を避けるように場末の酒場でヤーコプと会っているヴィルクリヒ先生を偶然見かけた。私は…お継母様とヴィルクリヒ先生の密会の手引きをヤーコプがしているものと早合点して…」

その先をマリア・バルバラは言いにくそうに口淀んだ。

「早合点して?」

ダーヴィトが先を促す。

「お継母様に銃を突きつけた。怒りのあまり…あの人を、お継母様を殺してその後自分も死のうと思った。― それで彼女に銃を突きつけ窓から飛び降りろと言って、発砲したところに…ユリウスが飛び込んできて、私たちの間に割って入った」
―それで、その時にお継母様が自分とヴィルクリヒ先生がかつてオルフェウスの窓で出会った恋人同士だったことを初めて知ったの。既にユリウスを身籠っていたお継母様は束の間の短い恋だったと仰っていたけど…「ずっと二人で持っていよう」と誓い合ったこのゲオルク・スターラーだけはその後も肌身はなさずずっと持っていたのですって。お継母様は、「ヘルマンとはもう終わった事だから」とその時私にこのゲオルク・スターラーを譲って下さったの」

「へえ…。ユリウスのお母さんと、ヴィルクリヒ先生が…そんな仲だったとは」
確かヘルマン・ヴィルクリヒはゼバスの学生だった頃にオルフェウスの窓で出会った恋人を忘れられずに、以後ずっと独身を貫き通していると生徒の間で専らの噂だった。あれは、本当だったのだな。そして―、あのカーニバルの衣装合わせの時にクリームヒルトの姿で現れた―、本来の女性の姿のユリウスを見てひときわ驚愕の表情を浮かべていたヘルマン・ヴィルクリヒを思い出す。あれは、きっとドレス姿の彼女に、在りし日の恋人の面影を見たのだ―、とダーヴィトは納得した。

「私もその事は…ずっと失念していたのだけど、ヤーコプが校長先生と密会していたというあなたの話から、ふとこの事を思い出して…。そもそもヤーコプはあの時何故ヴィルクリヒ先生と会っていたのか…。別に今回の事とは何の関連もないのかもしれないけれど、少し気になったので、また忘れてしまわないうちにあなたにお話ししておこうかと思ったの」
― こんな事でお呼びたてして、ごめんなさいね。名探偵さん。

「いいえ。確かに何の接点もない二人が、なぜお宅のヤーコプとしかも二人とも人目を避けるようにして会っていたのか…不可解ではありますね。一体ヤーコプとこの二人とは…どんな繋がりなのか…。二人以外にもゼバスの人間で繋がっている者がいるのか…。今分かっている事は、校長先生とヴィルクリヒ先生の二人とヤーコプは関わりがある…という事と、人目を避けてこっそり会う必要のある関係だという事だけですね。」

「やっぱり…こんなことは何の役にも立たないことかしら…」

マリア・バルバラが少し落胆の色を声ににじませる。

「いいえ。― 推理というのものは、こういう小さな積み重ねから真相を導き出していくもの…らしいですよ。ある日この小さな事実が大きな手掛かりに繋がるのかもしれない」

「そういうものなの?名探偵さん」

「ええ。そういうものらしいですよ。探偵小説では。これからも今日みたいに何か思い当たることがあったら、どんな些細な事でもいいんで、教えてください」

「はい。わかりました」
マリア・バルバラが少しおどけた口調で答えた。

「それから…」

「それから?」

「今日の雰囲気、素敵ですね」

「そう?― たまにはいいかなと思って…最近ちょっと色々変えてみているの」

今日のマリア・バルバラは藤色のドレスに、緩く巻いて膨らませて結った髪と、柔らかな印象の装いをしていた。
特段派手ではないが、彼女の端正な容姿をぱっと引き立てるような落ち着いた華やぎと柔らかさがある。

「いつものあなたもきりっとして素敵だけど…、今日の貴女は…何だか…」
頭の回転が速く齢に似合わない落ち着きをいつも見せている目の前の青年が珍しく言葉に詰まっている。

「何だか?」

そんな年相応の表情を見せた彼に、何だか愛おしさがこみ上げ笑いを含んだ声でマリア・バルバラが先を促す。

「…堪らなくあなたに触れたくなりました。…マリア・バルバラさん、あなたに触れても、宜しいでしょうか?」

ダーヴィトはマリア・バルバラの目を見てそう言った。

見つめた瞳に自分を拒むものがないものを見たダーヴィトは、彼女が頷く前にその手を伸ばし、綺麗に結った髪の表面をそっと指の背で撫で、そのまま白い頬へと手を移動させると、形のよい唇にそっと口づけた。