二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

うちゅうひこうしのうた

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「えっ、奥さん、宇宙飛行士なんですか?」

耳にたこが出来る、ということわざが脳裏を過るが、多少の無礼講を半ば強制的に強いられる会社の面々での飲みの席で、会話の一端にことわざを織り込むという行為は、平成生まれタブレット育ちの若者にとって〈面倒臭いおっさん上司〉にタグ付けされてしまうのではないか、という危惧に苛まれた俺は唇をきゅっと固く引き結んだ。

その態度で悟って欲しい、という俺の願いも虚しく、好奇心を包むことなく剥き出しにさらけ出して、物理的にも精神的にもぐぐっと距離を詰めてくる入社二年目の彼の相手をしていると、かつては彼のようにピチピチの若手社員だった俺も、かつての先輩上司に対して若さという暴力に近いエネルギーで以って何かしらのプレッシャーを与えていたのだろうか、と過去の自分を省みた。が、当時から覇気がないとかやる気が見えないとか、プレッシャーどころかすぐに辞めてしまうんだろうなという諦めに近い心配ばかり抱かせていたような気がする。 誰しもがなれる職業ではないし、振り向けばそこに同業者がいるような職種でもないから、物珍しく思う気持ちはよくわかる。俺自身も、よく射止めたよなあ、やるじゃん、俺、と今でも自分自身を褒め称えたくなるくらいだ。

彼女の現状は、個人的なコンタクトよりテレビやラジオのニュースから得ることの方が多い。仕事の邪魔してもわるいしねえ。時差や国境すらも飛び越えてしまうと、距離感なんてあったものじゃあない。

収入格差、主夫への転向、男としてのプライドがどうとか、ただの好奇心で一括りにするにはちょっと乱暴なひと突きが飛んでくることにももう慣れた。 慣れたからといってなんにも感じない訳ではないのだけれど、それでももう慣れた、慣れてしまった。そういうことにしてやり過ごすことを俺は選んだ。

だから、剥き出しの野次馬根性を柔らかく満 いなしてあげる術も、随分とうまくなった。 一人暮らしと思えば楽なものよ、という言葉は彼女の耳に絶対に届かない場所でしか言わないようにしている。地球の上にいる限り吠えても泣いても届かないのはわかっていても、なんとなく、気をつけている。 家に帰れば朝と何も変わらない景色がそこにはある。飯を食べたければ自分で台所に立つし、日用消耗品の減り具合はすべて自己管理の範囲に収まって、朝に干し忘れた洗濯物を見つけては凹んだ。


ベランダに寄って洗濯物を畳むのは、此処からだと空が見上げやすいからで、この空の向こうに彼女が…とロマンティックに想いを馳せたいのは山々だけれど、彼女の部屋の本棚にぎゅうぎゅうに敷き詰められた、宇宙に関する数多の本たちが記す、頭の中で思い描くだけでも途方も無い宇宙の大きさをおもうと、この空、って、一体どの空よ?と、夢を見る隙もなく途中で我に返ってしまってだめです。

埋まることの方が少ないベッドのもう半分を、今なら踏み越えたって誰にも文句を言われないのに、どうしたって横になるとまずお互いの領域を守るべくきゅっと体が縦に細くなる。今日も俺は仕事を頑張りました、楽しくなくは無いけどかといって楽しくも無い飲み会に出席して、また君のいない場所で君への愛を確認しました。隣に並べ置いた枕の下に手を差し込んで、カバーの隅っこに鼻を寄せてくんっとにおいを嗅ぐも、柔軟剤の切れ端しか見つからない。夜はよくないね、不必要に感傷に浸ってしまう。

床を這うコードを指で引っ掛けて、充電器に繋いだスマートフォンを布団の中に手繰り寄せる。こんな日にはこの曲を流そう。彼女と出会わなければ知ることのなかった、俺のための子守唄。


宇宙のラジオにリクエストを出せる日が来るのはいつだろうか。

DJは君がいい。



俺のために流して、宇宙の空から愛を込めて。

作品名:うちゅうひこうしのうた 作家名:ばる