いいたいことは
扉を叩く音がする。部屋の前の兵は何をしているんだ、と考えたところで、そういえば今はもう深夜を過ぎた時間で、その兵が数時間も前に帰って行ったことを思い出した。
仕方なく作業の手を止めて顔を扉に向ける。
「はい」
感情を込めずに短く返事をすれば控えめだが応えが返ってくる。
「あー、旦那? その、俺だけど」
扉越しに聞こえたのはよく知った青年の声。手にしていたペンをデスクに置いて立ち上がり、扉を開ける。
「ガイ、こんな時間にどうしました」
目には金髪の青年が映る。そういえば、ガイを見るのも5日ぶりだということに気がつく。
旅が終わって、マルクトに来たガイのバックアップに勤しんでいた頃はそれこそ毎日顔を合わせていたというのに。最近は貴族院での仕事にも慣れたようで、特に顔を合わせる機会もなかった。
「院の仕事がのびて、さ。この執務室の灯りがついてたから寄ってみた」
苦笑しながら手の中の袋を渡してきた。取り敢えず受け取り中身を確認すると、肉まんがふたつ。
「これは、」
肉まんはまだ暖かく、ここに来る直前に買われたものだと分かった。ひとつ取り出すと紙をすこしずつ剥がしながら一口食べる。瞬間、口の中に広がる肉の旨味。疲れていた体にはそのしょっぱさが嬉しい。
「ありがとうございます」
ガイにお礼を告げるともうひとつの肉まんを取り出しガイに差し出す。ガイは少し驚いたようにしたあと微笑んで受け取る。
「旦那に買ってきたのに、悪いな」
ガイも少しずつ紙を剥がしながら食べていく。
その様子を見て、なんだか胸の内に暖かいものがあふれた。
ガイをソファーに誘導するとふたりで腰掛ける。
「そういえばしばらく忙しそうにしていましたが、今日も?」
中身がまだまだ熱い肉まんをゆっくり食しながらガイに尋ねる。
ガイはジェイドより後に食べ始めたのにもう半分以上腹の中に収まっているようだった。
「あぁ、そうなんだ。来週ある貴族院主催の年中行事の幹事なんて大役のひとりになってね」
喋りながらも器用に食べ進めるガイに目をやる。それは新入りのガイには荷が重すぎるのではないか、と。その視線を正確に受け取ったガイは最後の一口を口に入れて話す。
「別に嫌がらせなんかじゃないさ。他に立候補者がいなくて俺が立候補したってだけの話」
ごちそうさまでした、と丁寧に呟くと肉まんに付いていた紙を畳み始める。
「何と言えばいいか、貴方も相当苦労好きのようですね」
苦笑を浮かべ、熱さの引いてきた肉まんをかじる。来週ある祭典といえば貴族院にとっても重要なものだったはず。ガイの言うように押しつけられた訳じゃないのだろう。
「なあ」
しばらくして肉まんを食べ終わった私を確認するとぽつり、と声を漏らした。
「なんです」
私が返事をしてもガイは膝の上で組んだ指を見つめていた。
「……、旦那は」
目線をそのままにガイは言葉を続けようとした。しかし、その後には何の言葉も紡がれず、訝しげに思った私はつい、声を発してしまった。
「ガイ?」
すると、ガイはゆっくりと目線をこちらに合わせて問うた。
「…… 肉まんより、イチゴ大福の方がよかったか」
うっかり瞠目した表情をガイに曝してしまった。こんな強引な話のそらしかたはらしくない、いや、むしろ、らしいのか。あまりにあまりの展開に考えに落ちてしまっているとガイが小さく笑った。
「やっぱりイチゴ大福の方がよかった、か」
尚も笑い続けるガイにいい加減我慢ならなくなってくる。
「ガーイ」
いつもより心持ち低い声で、さらに満面の笑みを浮かべる。笑い続けていたガイもこちらの様子に気づくと、ヒッと短い悲鳴を上げ顔をひきつらせて後ずさる。
(はぁ、まったく……)
「……肉まんよりイチゴ大福の方が好きですが、こんな寒い夜に食べるなら肉まんも悪くあるません」
表情をいつものものに戻すと口早にそう告げソファーから立ち上がる。
「……旦那?」
デスクへと戻り中断してしまった作業を再開しようとしているとガイが疑問の声をあげた。
「仕事が残っているので」
簡潔に告げると作業を始める。ちらり、とガイの様子を伺えば何ともいえない表情をしていた。
「あー、じゃあ、今日は帰るな」
そういうとそそくさと立ち上がり扉へと向かう。
「ガイ」
扉を開けたガイを呼び止める。
「話したくなったらいつでも来ていいですから」
振り向いたガイに瞳を逸らさずに伝えるとビク、と肩を震わせたじろいだ。
「……、……ありがとう」
目を少しだけ伏せるとそう言って部屋から去っていった。
ガイの姿が見えなくなるとほう、と息を吐く。知らず知らず息を詰めていたようだ。
「まだまだ、ですか」
立ち上がると窓辺に立ち、ガイを見届けようとする。
棟から出てきたのを確認して見つめていると、ガイは立ち止まりこちらをみあげてきた。
どきり、とした。おそらくガイも私の姿を認めているだろう。そのまましばらく固まってしまったが、我に返ると急いで常より言う事を聞かない右手を無理矢理カーテンへと伸ばした。