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晴れた日の午後に

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庭先のテーブルで、コーヒーを入れたときだった。
何か摘めるものでもと思って用意した皿を置くと、シュミットがああすまないなと微笑んだ。
久しぶりに練習もミーティングもないオフの午後だが、エーリッヒはどこに出かける予定も作らなかった。
ミハエルはクラシックのコンサートを聞きに行くのだとうきうきと出かけてしまった。
アドルフとへスラーもそれぞれに予定があるようで、それぞれに出かけて行った。
結果、シュミットとエーリッヒの二人だけが残されたので、二人でのんびりと過ごすことになったのだった。

香ばしい匂いが鼻孔を擽る。
ほのかに立ちこめる白い湯気に、エーリッヒは目を細めた。
先日珍しくシュミットが自分でコーヒー豆を買ってきた、そのコーヒーだ。
普段はエーリッヒ任せなのだが、街中でたまたま通りかかった店先からよい香りがしていたのだという。
お前が好きそうな香りだと思って、と真正面から言われて、それは悪い気はしない。
入れるのは、エーリッヒの役目だが。

「どうだ?」

カップを口に運んだ自分に尋ねる顔は、多少は心配げでもあり、期待に満ちているようでもあり、

「いい香りですね。味も、苦みが少なくて飲みやすくて」

にこりと微笑む。

「そうだろう」

途端に得意げになるシュミットに笑いを誘われて、しかし顔に出せばなんだと眉根を寄せるから、ごまかすようにどうぞと焼き菓子を勧めた。



コーヒーはシュミットが用意したから(入れたのはエーリッヒだが)、この焼き菓子はエーリッヒが用意した。
昼食の後に焼いたものだが、出かける前につまみ食いに来たミハエルからはいたく評判がよかった。
もぐもぐと咀嚼しながら、ミハエルが少し考えるようにして、それから思いついたように言った。

「すっごくおいしいけど、」

「ありがとうございます」

でも、と続けるミハエルは、ごくりと飲み込んで、それからにこりと笑った。

「…でも、なんだかすっごくシュミットが好きそうな甘さ加減だよね」

言われて目を瞬く。
そういうつもりではなかった、つもりだったのだが、

「そう、ですか?」

「なんだ、無意識なんだ」

屈託なく笑われてしまって、エーリッヒはわずかに頬を熱くした。
もう一個ちょうだいとミハエルが手を出したのに、どうぞと差し出すと、受け取らずに直接ぱくりとエーリッヒの手に齧りついて、ミハエルがぴょんと飛びのいた。

「ごちそうさま、出かけてくるよ!」

二人でゆっくりね、と背中が言い残して。



そんなやりとりを思い出して、ちゃんとシュミットの口に合えばいいがと思う。
様々なことにとても感覚の鋭いミハエルが言うのだから、シュミット好みの味なのは確かなのだろうが。
勧めて、自分でもひとつつまみ上げた。
シュミットはちらりと皿の上を一瞥したかと思うと、しかしそこには手を出さず、

「シュミット?」

エーリッヒの右手を掴み、いったい何だろうかと思いながら見ていると、

ぱくり、

引き寄せて、指先につまんだそれを、口の中に収めた。
つい数刻前にミハエルにも同じことをされたのだが、彼がするのとシュミットがするのでは何というか、自分にとって意味合いが違う。
ミハエルは誰にでもそうだが、シュミットがこういう行動をするのは極めて稀なのだ。
エーリッヒに以外には。

「………自分で、食べてください」

多少頬に熱を感じながら呆れて言うと、シュミットは、に、と笑って返すだけだった。
解放された腕を引っ込めて、

「……味は、どうですか?」

内心で小さくため息を吐いてからそう聞くと、

「もうひとつ」

「?」

「食べたらたぶん味がわかる」

つまり、もうひとつ自分に食べさせろと強要してくる視線に、そもそも自分が逆らえた試しがない。
誰もいないときでよかったと内心で思いながら、仕方なしに摘んだもうひとつをシュミットの口元に運ぶ。
シュミットはぱくりと一口にかじり付いて、それからまたエーリッヒの腕を掴んで、

「……!」

指に残ったわずかな粉までぺろりと舐め上げられて、びくりと体が震えた。
人差し指の腹に、じんと残るような熱が灯る。

「いい味だな、」

何が、とは言わないが、のぞき込む視線は完全に面白がっている表情だ。

「シュミット、」

やめてくださいと手を引っこめようとしたが、引っ張られてそれは叶わない。
慌てるエーリッヒをよそに、シュミットはいたく機嫌のよい顔である。
そして、だが、とシュミットが続けた。

「足りないな」

もっと食べさせろ、ということかと思ったのだが、

「エーリッヒ」

どきりとする視線で見つめられて、頬の熱がさらに上がる。
掴まれたままの腕を少し引かれる。
身を乗り出すような姿勢になった自分に、シュミットが満足そうに微笑んだ。
カチャリと、カップが揺れる。
こぼれはしなかっただろうかとそんなことが頭をよぎる。
目の前いっぱいに広がる愛しい人の顔に、しかしそれもかき消えた。

合わせた唇からは、コーヒーの香ばしさと、砂糖の甘さと、それからシュミットの香りがした。






2010.4.29
作品名:晴れた日の午後に 作家名:ことかた