鳥籠
U C0082
1年戦争が終結して2年が経過したある日、シャア・アズナブルは地球に降りたった。
目的はニュータイプ アムロ・レイの強奪。
諜報部員を使い、アムロの居場所を突き止めたシャアは北米シャイアン基地に程近い場所に建つ一軒の豪邸を訪れていた。
「大佐、屋敷内の監視システムは全て占拠しました。ターゲットは二階の突き当たりの部屋にいます。こちらが監視員の配置図です。」
部下の一人が配置図を手渡し突入経路を説明する。
「了解だ。行こう」
シャアは銃を携え屋敷へと足を踏み入れる。
闇夜に紛れ次々と監視員を倒して目的の部屋へと進む。
そして、その扉の前へと辿り着いた。
ドアノブに手を掛けると鍵が掛かっている。
しかし、よく見るとそれは外鍵だった。
つまり、これは部屋の中の人物を閉じ込める為の物。
シャアは眉をひそめるとその鍵を開け扉をゆっくりと開く。
扉を開けるとそこは薄暗く、広さはあるものの家具などの調度品は一切無く、ベッドと窓辺にリクライニングチェアが置いてあるだけだった。
ベッドの脇には点滴のスタンドが置いてあり、その点滴からポタリ、ポタリと液が落ちる。
そして、その点滴の管が伸びた先に一人の男が眠っていた。
シャアは足音をたてずにゆっくり男へと近付く。
そして、眠る男へと視線を向ける。
そこには見覚えのある赤茶色の癖毛の少年が検査着を身に付け、細い腕に点滴の針を刺した状態で眠っていた。
「アムロ…。」
シャアはその青年の名を呼び彼を起こす。
青年はその呼びかけに瞼を震わせるとゆっくりと目を開いた。
そして、自分を呼ぶ声の主へと視線を向ける。
しかし、その瞳は朦朧としており、ただボウっとシャアを見つめるだけでなんの反応も返さない。
シャアはもう一度名を呼ぶ。今度ははっきりと大きな声で。
「アムロ・レイ!」
その声にアムロがビクリと肩を揺らす。
「…シャ…ア…?」
「大丈夫か?」
「…僕は…死んだ…の?」
「何を言っている。」
「だってここにシャアが居るわけない…」
「君を攫いに来た。」
その言葉にアムロがじっとシャアを見つめる。そして、しばらくの沈黙の後思い出したように呟く。
「…ああ、あの同志になれっていう…あれの事?」
「そうだ。」
するとアムロがクスクスと笑い出す。
「何が可笑しい?」
「だって、僕なんて仲間にしてどうするの?また人殺しをさせるの?」
アムロの自虐的な言葉にシャアの顔が歪む。
「アム…」
「嫌だ」
さっきまでの虚ろな状態から一転してはっきりと拒絶の声を上げる。
「貴方とは行かない…。」
「このままここで死ぬまで身体を弄られて、死んでからもその死体を標本にでもしてやるつもりか?」
その言葉にアムロの息が止まり、唇を噛み締める。
「だとしても一緒には行かない。僕はもう人殺しはしたくない。」
「…アムロ、君に人殺しをさせるとは言っていない。」
「それじゃ何をさせるの?僕に出来るのはそれくらいしかないよ。あとはここみたいにモルモットになるくらいかな…ああ、そうか。ララァの代わりの実験体が必要なの?」
「アムロ!」
「…なぜ怒るの?僕にはそれくらいしか価値が無い…。そんな僕を同志にしたって意味がないよ…」
それだけ言うとアムロは目を逸らしてしまう。
「君とここで喋っていても埒があかないな。」
シャアはため息を吐くとアムロの腕に刺さる点滴の針を引き抜く。
「痛っ、何をする!?」
「君はこの薬が何だか分かっているのか?幻覚剤だぞ。こんな物を投与されてもここに居たいと言うのか?」
「居たい訳ないだろう!?でもどうしろって言うんだ!僕にはなんの価値もない。ただの人殺しだ!ここから出ちゃいけないんだ!」
そこまで聞いてシャアはアムロの状況を理解する。
幻覚剤の投与と自分に価値が無いと言い張るアムロ。おそらくアムロは暗示を掛けられている。
“自分に価値は無い”、“人殺し”、“連邦軍を裏切るな”、“ここから出てはいけない”、そんな暗示が掛けられているのだろう。
そして、今現在幻覚剤を投与されていたアムロの腕と点滴の残量に目をやる。
既に7割は投与済みか…ならば…。
シャアはスクリーングラスを外しアムロの顎を掴んでこちらに視線を向けさせる。
「なにっ?!」
突然の事に驚きながらも初めて見るシャアのスカイブルーの瞳に見入る。
『綺麗なブルーだ…、セイラさんと同じ空色の瞳…。』
「アムロ、私と一緒ここを出るんだ。」
「え?」
「アムロ、君はここに居てはいけない。」
「…」
「君は人殺しなどでは無い、人類の革新だ。」
「…」
アムロの目の焦点が次第にぼやけていく。
「アムロ、私の傍に一生いるんだ。」
「シャア…の…?」
「そうだ。アムロ、君は私のものだ!」
「僕は…貴方の…」
「私のものだ。」
「シャア…の…」
アムロの身体がグラリと揺れてシャアにもたれ掛かる。
「良い子だ…。」
シャアは意識を失ったアムロを抱きかかえるとその顔を見つめてほくそ笑む。
「君には新たな鳥籠を用意しよう。一生私に愛でられるだけの鳥籠をな…。」
end