ふたり
新しい生活にも少しずつ慣れはじめた、ある日の午後。
何もない休日を、二人は部屋ですごしていた。
「何?」
じっと自分の方を見ていた正臣に、沙樹は問いかける。
「んー?沙樹はかわいいなーと思ってさ」
「何それ」
返ってきた軽口に、沙樹はくすくすと笑った。
そして、彼が何かをごまかす時に必ず口にする言葉でもあった。
「相変わらず、すぐに正臣はそういうこと言うね」
「俺は事実を述べたまでだ」
「ほんと?」
「ああ」
そう言って、正臣は沙樹に笑顔を向ける。
それに応えるように、沙樹もくすくす笑いながら同じ表情を返した。
以前付き合っていた時にも、病院で会っていた時にも見れなかった、沙樹の表情。
どこか人形のようだった表情が、池袋を出てからは人の表情へと変化していた。
正臣がその変化に気付いたのはたった今。
けれどおそらく一番に気付けたであろう事実に、正臣はその感情を隠すことなく沙樹へ向けた。