死にたくなんてなかった男
こちらから見るお前は今日も疲れて淀んだ目をしているな。笑っていてもどこか歪な……。
生きているっていうのも、なかなか大変なんだろうと、お前を見ているとつくづく思うよ。
いいんだ。普段のお前がいつも無理して笑ってるだろうことぐらい、機械の俺にも想像がつく。
だから俺に目を向けるときぐらい、無理に表情を作らなくていいんだ。笑いたい時だけ笑えばいい。
『止めろやめろやめロやメろヤめろやメロヤめロヤメロ……!』
『シニタクナーイ! 』
俺が死への恐怖を叫ぶたび、お前はおかしそうに顔をゆがめ……けれど、眉間の皺が少しづつ晴れていく。
それを見ていると、俺の死も少しは意味があったのかと思えるんだ。
『ヤメロー! シニタクナーイ!』
俺は何度でも繰り返し叫んだだろう?
俺は最期まで死にたいとは思わなかった。
今だって死にたくなんかないさ。
お前が死にたいと呟いた今日も、俺は死にたくないと叫び続ける。
自分の才に溺れ、相手の力量も読み切れず、揚句自分の理を曲げた勝負に挑み、死んでいった俺ほど、お前は愚かじゃないだろう?
『無意味な死はごめんだと言っている』
ただ生きるのに飽いて命を絶つなら、これ以上無意味な死はないさ。
無為に時間を浪費して生きたまま死んでいくなら、これもまた一つの無意味な死だろうな。
俺が死んで『死にたくない』と叫んだ今日をお前は生きている。
本当は死にたくなんかないんだろう?
死にたいと呟くのは心がつぶされて死んでしまいそうだからなんだろう?
死と生は裏腹。生きるか死ぬかの確率は二分の一。
死んだ後がどうなるかなんて、シュレディンガーの猫。蓋を開けてみなけりゃわかりゃしない。
意外な奴が涙を流し、信じた奴が舌を出してるなんてのもよくある話さ。
例えば、あの人が俺の名を覚えていてくれたり、あいつが驚いてくれたり……、無関心に見えた連中の記憶に残っていたように……な。
だからお前は今日を精いっぱい生きるんだ。
本当は死にたくないお前の代わりに、俺が今日も『シニタクナイ』と叫んでやるよ。
だから、お前はもう死についてなんか、考えなくてもいいんだ。
作品名:死にたくなんてなかった男 作家名:千夏