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【APH】しびれるような【菊ギル】

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「あれ、着物なんて珍しいな?」
「おや、そうでしたっけ?」

 遊びに来た! と垣根を飛び越えて庭に侵入して来た男は、開口一番挨拶もなしにそう言った。
 最近はスーツ姿しか見てねえよ、と些かムッとした顔で答えているのは、おそらく顔を合わせる機会が此処のところ少なかったからなのだろう。
 分かりやすく拗ねられるのって、どうしてこう可愛らしいんでしょうね、と菊がひそりと笑えば、笑うんじゃねえよ、とますます顔を顰められる。

「この家にいるときは大抵着物ですよ。まあ今日は、折角だからと久しぶりに訪問着ですけれど」

 と言ってもどこかに出かけるわけじゃないんですが、と菊は苦笑してかちゃかちゃと道具を片付け始める。

「それ、なんだ?」
「これですか? お茶の道具ですよ。緑茶ではなくて、抹茶の方ですが」

 ひょい、と手元を覗き込むギルベルトにどうぞ、と道具を差し出す。興味深そうに幾つか手にしてみるが、使い方がわからないのか首を傾げている。

「抹茶、飲まれた事あります?」
「んー……ないな。アイスとか、お菓子でなら。……あ、和菓子がある」

 目敏いですね、とくすりと笑って菊はおひとつどうぞ、とギルベルトの前に差し出す。その中からギルベルトは桜を模した練りきりをつまむとひとくちでぱくりと食べてしまう。

「お、甘過ぎなくて美味いな、これ」
「お気に召して頂けたなら嬉しいですよ。作った甲斐がありますから」
「へ? これ、菊が作ったのか?」
「ええ。お恥ずかしながら」

 時々無性にこういうものが作りたくなるんですよね、と苦笑すれば、全然恥ずかしくねえだろ、とギルベルトに怒られてしまう。

「お前のそれは美徳だろうけどな、あんまり自分を卑下すんなよ、充分すげえんだから」
「……ありがとうございます。でも、私としてはあなたに喜んで頂ければそれでいいんですよ」

 これは自分で食べようと思って作りましたけどね、と菊が笑えば、恥ずかしい事言ってんじゃねえよ、とギルベルトはほのかに頬を赤く染める。

「……で、これとお前の格好とこの道具になんか関係があるのか?」
「そうですね……私の場合、つい形から入ろうとしてしまうんですよ。和菓子を作ったのはいいんですけど、お抹茶が欲しいな、と思いまして。お抹茶を点てるならちゃんと着物を着ようかな、と思いまして。いつもの服では簡素過ぎて引き締まらないですから」

 へえ、と興味深そうに相づちを打つギルベルトに、菊は持ち上げた茶道具を再び床に降ろす。
 どうしたんだ、とギルベルトが首を傾げると、菊は良い事を思いついたとばかりににこりと笑う。

「折角ですから、飲んでみませんか、お抹茶」
「へ?」
「私も今から点てようとしていたところですし、茶菓子もこれだけありますから」

 ね? と微笑まれればギルベルトに断る、という選択肢はなくなる。喜んでくれれば嬉しい、と菊は言うが、それはギルベルトとて同じ気持ちだ。

「……じゃあ、折角だから」
「ええ、ではそちらへどうぞ。……ぽちくん」

 菊が名前を呼べば、あん! と元気よく返事をして、ぽちくんが座布団を銜えてやってくる。菊と茶道具の前に座布団を置くと、邪魔になるからか、毛が入る可能性を考慮してか、ぽちくんは縁側へと移動して行く。
 ギルベルトはブーツを脱いでぽちくんの頭を撫でると、ぽちくんの持ってきた座布団の上にありがたく座ろうとする。

「あ、一応正座してくださいね」
「げっ、正座……」

 う、と思わずギルベルトは顔を顰めるが、菊はにこりと笑うばかりだ。まあ、そう言うもんなんだから仕方ない……とギルベルトは諦めて正座をする。
 これが初めてではないからなんとか正座も形になってはいるが、もちろん正座を初めて体験したときは大騒ぎだった。
 それでもやはり慣れないせいか、ギルベルトは顔を顰めながら菊が茶を点て始めるのをじっと待っている。
 菊はくすりと笑みをこぼしながら柄杓で湯をすくい、器に注ぐと中身を捨て、そこへ茶杓で一杯半ほどの抹茶を入れ、もう一度そこへ湯を注ぐ。
 ひょい、と菊が茶筅を持ったのを見て、ギルベルトの目が菊の手元に釘付けになる。まったく子どものようなひとですね、と内心笑いつつ、菊は静かに茶筅を器の中へ降ろす。
 抹茶に慣れていないというギルベルトには、柔らかな口当たりが楽しめる裏千家流の方が良いだろう。そう判断した菊はかしゃかしゃと静かに、けれど泡立てるように茶筅を振る。かしゃかしゃと音を立てて茶筅が動く度ギルベルトの目も動いていて、菊は笑いそうになるのを必死で堪える。

「……はい、どうぞ」

 できましたよ、ときめ細やかな泡の浮いた抹茶をギルベルトに向かって差し出す。ギルベルトはやはり正座が辛いのか、少々ぎこちなく茶碗を手にし、こくり、とひとくち飲む。

「……あ、美味い」
「それはよかった。茶道では音を立てて最後まで飲み干すのが礼儀なんですよ、遠慮なく飲んじゃって下さいね」
「おう。思ったより苦くねえのな。お茶! って感じはするけど」
「点て方が違ったり、銘柄が違えばまた味も変わってくるとは思いますけどもね」

 和菓子も食べちゃって下さいね、と一言いっておいてから、菊は自分の分の茶を点てる。茶と茶菓子を味わいながらもギルベルトの視線は菊の手元にある。
 動く物は目で追わずにはいられないんでしょうかね、と苦笑しながら自分の茶を点て終え、菊も同じように茶と茶菓子を味わう。
 我ながら結構美味く出来ましたね、と菊が微笑めば、結構な御点前でした、とギルベルトが口にする。

「……これで合ってるよな?」
「ええ、合っていますけど……よくご存知でしたね」
「あー、まあ、一応ほら、俺も日本について色々勉強してんだよ。そんなに詳しくは知らねえけどさ」
「それでもあなたが我が国の文化に興味を持って下さるのは嬉しいですよ。それって、私を知ろうとして下さっているんでしょう?」

 にこり、と菊が微笑めば、ギルベルトはほのかに頬を染めて、少しばかり恥ずかしそうに口ごもる。
 そんな様子に可愛いひとだなぁ、と菊はさらに顔を綻ばせ、ギルベルトから茶碗を受け取ると盆の上に道具をすべて片付ける。

「さ、ギルベルトさん、もう足を崩しても構いませんよ」
「あー……それ、なんだけどよ……」

 ギルベルトは言い辛そうに顔をしかめる。これは、と思った菊はそろりとギルベルトに近づき、ちょい、とその足をつつく。

「っぎゃ!」
「……やっぱり。痺れちゃったんですか?」
「な、れてねえんだから痺れもする……っ、あ! さ、触んなって!」

 いてえ! とギルベルトは涙目になりながら必死で痺れによる痛みに耐えている。そっとしておいてくれ、とギルベルトは言うが、日本人に対してそれは無理な話だろう。

「残念ながらギルベルトさん」
「っ〜……なん、だよ?」
「この国では足の痺れている方を見るととりあえずつつきたくなる習性がありまして」
「あ〜びりびりする…………え?」

 ごめんなさい、と一応謝ってみせた菊の顔は、実に良い笑顔を浮かべていた。

「ひっ、や、やめ……っ」

 家に響き渡るギルベルトの悲鳴を、ぽちくんだけが何食わぬ顔で聞いていた。