寒空の下の温もり
ほたるはあごを反らしてその白い綿―雪を飽く事無く仰ぎ見ていた。
その頭はすっかり雪に覆われ、遠目には白髪の幽霊が天を恋忍ぶ姿のようにも見えた。
雪は時折頬を掠め、すっかり冷えた肌の僅かな熱に融けては消えていった。
普段のほたるなら、同じ事を繰り返しているだけの現象など、すぐに興味を失ってどこかへ行ってしまっているだろう。
ほたる自身、何時までも雪を眺めている自分を不思議に感じていた。
だが、それと同時に心の中で当然の事だと受け入れている自分も居た。
冷たい雪。
それよりも冷たく透明に澄んだ大きな塊の―。
「何してるんですか?いい加減にしないといくらバカな貴方でも風邪を引きますよ」
「あ……?」
其処には今、想い浮かべていた者の姿があった。
雪・冷たい・氷、そしてアキラ。簡単な連想ゲーム。
「まったく、私にわざわざ足を運ばせるなんて。何処ぞのお年寄りが現世を嘆いて凍死しようとしているのかと思ってしまいましたよ」
アキラはブツブツと文句を言いながらほたるの頭に積もった白雪を払い除けてやった。
「はい。傘です。まだ雪を眺めていたいのならこれを差して見ていたらどうです」
「……アキラは?」
ほたるはアキラが差し出した傘になど目もくれず、アキラの顔をじっと見つめている。
「わたしですか?宿に戻るに決まっているでしょう。ここに来たのだってホンの気紛れです」
「それだけ?」
「ええ」
「それってつまり、俺の為に来てくれたの?」
ほたるの思わぬ言葉にアキラは知らず頬を染めた。
「違いますよ!ついでです、ついで」
「……何の?」
アキラは自身の台詞が先ほど言った事と既に矛盾している事に気付かない。
そんなアキラの様子を見て、ほたるはアキラって嘘付くの上手なのか下手なのかイマイチわかんないよね、とか思いながらアキラに尋ねてみた。
「それは……ですね……」
「俺の為でしょ?」
「違うと言ってるでしょう!!まったく、一度で言葉の意味を理解できるようになってほしいですね。わたしが貴方の為に何かしたところで良い事なんて何も無いでしょう。だから貴方の為ではありません」
確かにアキラは何の利益も無いのに行動するという事は全くと言って良いほど無い。
あったところでそれは殆ど狂が絡んでいる時に限られていて……。
あれ?何だか今少し胸が痛んだような……何でだろう?
「とにかく、わたしは宿に帰りますから。はい、これ」
アキラはそう言ってほたるに傘を押し付けると、背を向けて帰ろうとした。
グイッ。
「う……わっ」
アキラはいきなり腕を引き寄せられて、堪らず地へと倒れた。ばさっと雪煙が立つ。
が、何時まで経っても衝撃が体を襲ってこない。
それどころか暖かなものが身を包んでいて……。
気が付けば、アキラはほたるに抱かかえられるようにして二人仲良く雪の上へと寝っ転がっていた。
「大丈夫?」
ほたるが顔を覗き込むようにしてアキラに問う。
一瞬アキラは頭が真っ白になった。今の状況をまだ上手く把握できていないようだ。
そんなアキラの様子を見ていたほたるは あ、かわいいと漏らした。
「なっ、ばっ、何するんですか!?」
ほたるの体温と今の自分の体制を意識したとたん、今し方起きた出来事を思い出しほたるの心配そうな声も吹き飛ばす大声でアキラは叫んだ。
「それにかわいいって何ですか、かわいいって!大体ハタチも近い男子に向かって言うような言葉ではないでしょう」
嫌ではなかったのだ。
ほたるに抱き止められた事も、かわいいと言われた事も。
それどころか嬉しいとか……そんな風に感じてしまった自分が許せず、思わず動揺してしまった混乱気味のアキラはほたるをキッと睨みつけた。
目がウルウルしてる…。とまたもやアキラに怒鳴られそうな事を考えながらほたるは
「ん、でもそう思ったから……無意識」
とまったく謝罪になっていない謝罪をアキラにすると間を空けずに今度はぎゅっと抱きしめてきた。
「ちょ……っ!」
即、口封じ。
当然アキラはソレから逃れようとするが、ほたるが逃がす筈も無く糸を引きながらソレを追い掛ける。
地面には開いた傘と閉じられたままの二本の傘が転がっている。
ほたるはアキラの足元が覚束無くなるまで深く口付けた。
アキラの息が続かなくなってきた頃、ほたるはようやくアキラを解放した。
「何いきなり発情してるんですか!」
息も荒くアキラはほたるを非難した。
「ん、アキラはやっぱりかわいいね」
とほたるはまったく見当違いな答えを返してきた。
その受け答えがあまりにもほたるらしくてアキラはすっかり毒気を抜かれてしまった。
「まったく、貴方って人は……」
思わず苦笑いが漏れる。
「あ、良い事あったね」
「は?」
「俺を迎えに来て」
「そうですか?」
アキラはそんな事は無いでしょうという心情がありありと分かる顔付きをしてほたるを見た。
「俺とキスできた」
その後、アキラがキレたのは言うまでも無い。