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Equisetum

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あいつの墓石はひどいありさまだったと部下は言った。
「……で、どうなんだお前は」
「え?」
 じっと見つめていると部下は照れ臭そうに笑って誤魔化して「実は」と白状した。
「罰当たりめ……!」
 俺はあきれ果てて、口に含んだばかりの紫煙を吐き出す。舌を刺すような苦味がやたらに強い。
 俺が怒りを示したことにあせったのか、部下はやたらめったらに頭を下げる。てめえが何に謝ってるのかも理解していないくせに、安い頭だな。
「すみません。やっぱりあれだけのお人ですから、あやかれればって……」
 苛立ちまぎれに火をつけたばかりのヤニを灰皿に押し付ける。
 あぁ、なんだって近頃はこんなに煙草がうまくねえんだろう。
「ん」
 手をつき出せば部下は目を白黒させた。
「とってきたんだろう? 寄越しな」
 そうまで言ってやってようやく馬鹿は得心したのか、へらりと笑った。
「あ、す、すみません。沢田の兄貴もご入り用でしたか。こいつは気が利きませんで……」
 ぺこぺこと平身低頭する馬鹿に、俺は妙に口の中に湧く唾を吐きかけたいような気分で、低く恫喝した。
「そういうこっちゃねえんだよ」
 馬鹿は何を怒られているのか皆目見当もつかないらしく、びくっと飛び上がると慌ててポケットをまさぐり、小さな守り袋を差し出した。
「す、す、すみません!」
「ふん……」
 俺はひったくるようにして守り袋をむしり取り、守り袋を開いた。
 小さな袋に納まっている小さな小さな石のかけら。
「大体、こんなもんに何の功徳があるってんだ」
「いやぁ、ただの石ころっちゃ石ころですがね。神域とまで呼ばれた男の墓石だ。何かのご利益があるかも、ってゲンを担ぎたくなるもんですよ」
「アホか、こんなもんにゲンを担ぐようなバカにご利益くださるようなタマか、あいつがよ」
 袋をゴミ箱に捨て、開いた窓に向かって石を投げる真似をすれば、バカが悲鳴じみた声を上げる。
 窓から身を乗り出して、未練がましく石を探してから、ようやく諦めたのかバカが肩を落として聞いてきた。
「そういや、兄貴は生前ご親交があったんですよね。どんな方でした?」
 寝物語におとぎ話を強請るガキでもあるまいに、何だってそんな話を聞きたがりやがるんだか。
 俺は何度目かの溜息を吐いた。
「そうさな。打ち筋には華があった。だが、あとはてんでガキよ。わがままもいいとこだ。何でもてめえの思うようになると思っていやがって……」
 そこまで言って、俺は空を見上げる。
 違うな、あいつは何一つ自分の思うようになんかならねえってことを、誰よりよくわかっていた。
 どうにでもなるようなことは実はどうでもいいことばかりだ。
 てんで懐きやしない、気まぐれな猫に似た男。
 死に際に俺を省きやがってと思う気持ちもないではないが、うっすらその気持ちもわかっている気がする。
 あの野郎、かっこをつけやがって。
 最後の最後で俺にみっともない姿を見せたくなかったんだろう。
 どうせ、最後までかっこつけきって逝ったくせに、二重三重に用意のイイこった。
「しかし、おめえ閑だなぁ、おい。与太うってる閑があんなら地回りの一つもしてきちゃどうだ?」
 じろりと睨むと、バカは竦み上がって部屋を引いた。
 俺は深々と溜息を吐く。
 外に出たバカはまだ未練がましく地面を眺めて、それからどこぞに消えて行った。
 こんな石ころ一つ、道端のそれとどう見分けがつくつもりでいるんだか。
 俺はバカから取り上げた石をとっくりと眺めた。
 本当に投げ捨てたわけではなく、この石はずっと俺の手の中にあったってわけだ。
 俺は坊主でも石屋でもねえからよくわからねえが、こいつは白御影か、稲田石か、あの業突坊主もこんな時ぐらいは張りこんでくれただろう。
 ずいぶん香典も儲かったって話だったしな。
 俺はおもむろに石を口に入れると飲み込んだ。
 骨なら噛むこともできたかもしれないが、あいにくと石じゃ歳で弱った俺の歯が負ける。
 あぁ。バカなことをしている、と自分でも思う。墓石は墓標であってあいつじゃねえ。
 それでも。
 あいつを知っているか知らないかは知らないが、俺の知らないところで、誰かがあいつの墓石を削ると思うとたまらない気分になる。
 片っ端から砕かれた石をかき集めて飲み込んで、重たい腹に身動きもとれなくなればいい。
 あいつに何か言ってやりたい言葉がまだあったような気がしたが、その言葉は音にも形にもならずに口から溢れて零れて消えた。
 別にいい。形になったら汚れちまうだけだ。
 呑み込み切れなかった嗚咽も、俺の喉を震わせることはない。
 俺は瞼を手で覆い、天井を見上げた。
 指の隙間から滲む蛍光灯が眩しくてやりきれない。
作品名:Equisetum 作家名:千夏