赤
赤く、赤く、赤く。
マスターに同調した体が痛む。
火薬の匂いが胸に焼け付く。
空になった薬莢が床を叩く。
美しいリズムで、銃声と悲鳴と水音が協奏曲を奏でている。
辺りに立ち込める血の匂い。
マスターが血に染まる。
闇を統べる、私の絶対支配者が赤に染まる。
聖地を侵す傍若無人、厚顔無恥な哀れな狗達に与えられた罰は、絶対的な死なのだ。
目を閉じて、耳をふさいで、扉一枚の向こうで行われている殺戮を締め出そうとしても、愉悦を含むあの声が、軽やかなステップが、私の意識と体を捕らえて離さない。
嫌だ。嫌だと思う自分ごとまるごと、どこかここではないどこかへ消えてしまいたい。でも、どこへ逃げてもきっと逃げ切れない。
私が恐れているのは、私の支配者の蛮行ではなくて…。
「もういいぞ。出て来い」
出て来い、という言葉に、頭よりも先に体が動くけれど。恐る恐るクローゼットの戸を開けると、予想していた通りに、室内は主人曰くの狗さん達の死体とそれらのぶちまけた血痕でべとべとどろどろぐちゃぐちゃだった。破裂した肉片から内臓も骨も銃も服もなにもかも、平等にばらばらに散らかっている。
ううん、いぬではない。犬なんかじゃなくて、人間、だったのだ。それらは、すべて。
家族がいて友達がいて飲んで食べてヒゲを剃ったり歯を磨いたりして、誰かと冗談を言い合って笑ったりもしていたのだ。きっと、それらは。
いまは、無造作にホテルの床に転がっているただの臭い肉片。
流れる血もどろどろと潮の香りをまき散らしていて吐き気すらする。あれが欲しいのだとからだが言う。
血のにおいに眩暈がする。
だるくて歩くこともままならなくなって、ほつれた足に慌てて力を入れる。
血の匂いに、引き摺られる。
それでも、私は。
私はマスターと、マスターの言葉を拒絶する。
けれども、私は。
この最強に美しく禍禍しい、狂気に満ち満ちた主の後を付いてゆくことしかできない。
私を誘惑し、困惑させ、闇へと誘う偉大なる吸血鬼の後を、怯え、震えながらも、自分の意思で一歩を踏み出す。
彼こそが、闇の中で私を導く只一つの灯火。