博打犬
その男は可哀想でした。
いえね、博打打だったんですが、大事な勝負でガキ相手にしくじっちまったとかで、散々に商売道具の手を痛めつけられたんですよ。そんなことすりゃ、余計に稼げなくなっちまうのはわかりきったことだろうにね。
手が動かねえんで飯を食うにも困るありさまだったんですが、その様子が面白いってんでね、うちのオヤジは、よしゃあいいのにそいつを犬かなんかみたいに扱い始めたんですよ。
平たい皿の上に飯を乗せ、這いつくばって喰えってね。
親父の命令ですから、最初のうちは男も粛々として従っていたんですが、だんだん頭の方にね、支障をきたしてきちまった。
人間が畜生みたいに扱われてるんだから、おかしくなるのも道理ってわけで。
そんなもんを見て笑ってられるほうも人間じゃありませんや。言うならこっちは鬼畜生。鬼畜って奴です。
だんだん博打打の方は目に光がなくなってきましてね。飯の時以外もまともな人間とは言えなくなっていきました。
どうまともじゃないかって?
鳴くんでさぁ。博打打なだけにぽんだのちーだの鳴くんなら、そいつは面白かったんでしょうがね。
自分のことを犬だとでも思い出したのか、わんわん、ってな具合にね。もう自分が人であると思うことの方が耐えられなかったんでしょうねえ。
博打打ってのは頭を使ってなんぼのしのぎでしょう?
何しろそれまで、先生だの持ち上げられていたのが、いきなり地べたに這いつくばって餌を喰えってんですから。
だんだんやることなすこと、躾の悪い犬みたいになって行きましてね。
そしてとうとうある日、オヤジの家の池に嵌って死んじまったんです。
使えねえとち狂った博打打一匹、死んだところで痛くもかゆくもありませんや。それどころか、最後まで面倒掛けやがってと、死体に唾吐きかけるような真似までして、オヤジはろくに弔いもしなかったんです。
任侠なんて言いますが、少なくともあの姿に仁義なんて欠片もありゃしませんでしたね。
しばらくして、オヤジは死にました。
犬に喉笛掻っ切られてね。
その犬はどこぞに逃げちまいましたが。
ははぁ、その犬の顔ときたらあの博打打にそっくりでしたよ。
なんで俺がそんなことを知っているかって?
あの日、オヤジの護衛をしていたのが俺です。
俺もオヤジに言いつけられて、その博打打を痛めつけた一人ですし、その後は面倒も見てましたからね。
あいつは俺のことも恨んでいたんでしょうよ。
ほら、てめえがしくじったわけでもねえのに、俺親指がねえんです。
あいつに噛み切られちまいましたからねえ。
ヤクザなら小指持ってくとこでしょうが、あいつは博打打でしたからね。もう麻雀なんぞ打てねえように、ってことなんでしょうねえ。
ヤクザの犬になんてねえ、なるもんじゃありませんや。