霓凰 雑記(仮)
雲南と廊州を行き来する生活が、暫く続く。
目の前には、我が子が遊んでいる。
まだ、四つに満たない我が愛息。
自分たちの子供が授かるとは、全く思いもよらなかったわ。
心の支えを失った日々、何故、こんなにも苦しいのかと、投げ出したくなった事も一度や二度では無かったわ。
今は、愛しい大切な者に囲まれた、ウソのような今の日々。
時折、不安が過ぎるが、大切な日々と大切な人々が、私を幸せにしてくれ、心の闇から引き戻してくれるのよ。
廊州に、林殊哥哥と新たに居を構え、夫は江左盟の表舞台からは姿を隠した。
あの江左の麒麟、梅長蘇は梅嶺に葬られ、安らかに眠っている。
梅長蘇の記憶も身体も、夫はあの頂に置いて来た。
とは言え、江左盟の組織の実質は林殊が握っているわ。
出入りする面々も、かつての気心のしれた者達ばかりよ。
昨日は雨が降った。
早朝の清らかな空気が気持ち良い。
早くに一緒に起きてしまった我が子が、庭で濡れた草花で遊んでいる。
小殊と呼ばれていた、火の男そっくりの男児よ。
こんなに小さかった頃の夫の事は知らないが、今は亡き夫の母から聞かされていた話にピタリとはまるわ。
だけれど、性格は我が子の方が、幾らか優しい気がしていた。
母思いな可愛い子だ。
そして、何故か黎綱思いな子。
夫の配下である黎綱、当然この屋敷と江左盟の本部を橋渡しする、重要な人材だわ。
夫とは、梁の最強部隊であった赤焔軍にいた頃からの、長い付き合いよ。
林殊の信頼は厚い。
かつて、身体がままならぬ夫の世話の一切をしていた。
人柄は穏やかで良いが、身を固めぬつもりのようね。
若い頃に一度、結ばれた者がいたというが、本人は話したがらないわ。
霓凰は、この屋敷でこの子を産んだ。
屋敷に出入りする黎綱は、何故かこの子を我が子のように可愛がった。
用があるので出入りというよりは、、だいぶ頻繁だったわね。
この子も黎綱にすっかり懐いてしまったわ。
夫は黎綱を、この子の「乳母」と呼んでからかった。
「私は乳なんて出ませんよ、男なんですから」そう反論していたが、見た限り満更でもない様子だわ。
「坊──。」
後ろから声がする。当の黎綱本人だ。
「黎────。」
我が子が嬉しそうに黎綱の元に駈けてゆく。
黎綱なら、この子を任せられる。
この間もそんな事が、、、、私は泣いてしまったわ。
親でも、血の繋がった親族でもないのだけれど、黎綱は本当にこの子の事を想ってくれているのが、何気ない視線からでも分かる。
この子は幸せだと、心から思った。
贅沢な生活や屋敷や、何でも思い通りにしてくれる親なんかよりも、黎綱一人がこの子の側にいてくれる事の方が、数十倍も数百倍も幸せなのよ。
この子も、、、私達も、、。
「郡主、」
「出立は予定通りに?」
「ええ、留守中、よろしく頼むわ。」
黎綱は、返事をする代わりに微笑んだ。
私は雲南の城とここを行き来していた。
まだ若い穆青の夫人には、金陵と雲南の王府の一切を取り仕切るのは荷が重すぎる。
でも、飲み込みは良いのだ。あと数年もすれば、立派な穆家の嫁になれるわ。
私が持っていた辺境の部隊、あの辺じゃ最高の部隊だったわ。
今は組み直して、独自の遊撃部隊になり、魏将軍の旗下の元に、、、南楚の動きに睨みを利かせているわ。
夫は、もう自分の伴侶になり、穆家を出たのだから、小姑が口を出しては嫌われると言う。
でも、父王と兄は早くに逝き、私がやるしか無かった。
南楚と立ち向かい、雲南一帯の平穏を支えてきたのよ。
あなたの嫁になったからと、ぷっつりと退くわけにはいかないわ。
南楚の出方にも影響するわ。
弟 穆青と、若い穆家の嫁が、一人前になるまでは、、、、私がいなくても、雲南の平穏が保たれ、心配する事が無くなるまでは。
そうね、でも、きっとあともう少しよ、あなた、もう少しだけ我慢してね。
この度は部隊の再編成の概要を見に行くわ。
ついでに王府の要塞の様子も見に行って、雲南の王城も回ってくる。
いつもならば、この旅のお供は我が子だった。
なのに今回はここで、父と待つと言うの。
初めてのことで、母は寂しいわ。なるべく早くに帰ってくるわ。
馬を飛ばして、大急ぎで見て回ってくる。
黎綱さんの言うことを、良く聞いてね。
父さんの言うことは、、、、、、そうね、、、程々でいいわ。
「娘、、あげる。」
我が子が、庭で摘み取った白い花を手に近付いてくる。
庭の片隅に咲いた、シロツメグサ。
「母にくれるの?」
十本位はあるだろうか、庭に生えたものは、少し茶色がかった花もあったはずだが、綺麗な白い花だけを摘んでくれたようだ。
しゃがんで、我が子と同じ目線になる。
私に自分で摘んだ花が渡せるのが嬉しいのか、笑っている。
そんな姿が愛らしく、私も嬉しいわ。
あと二刻も過ぎれば、出立するわ。
でも、腹立たしい!!。
「ねぇ、本当にここで留守番するの?」
「母と一緒に雲南に行かない気?」
笑いながら答える我が子。
「行かない。」
「行ってらっしゃい。」
ニコニコ明るく答えるのだ。
一体、ここに残ってどんな楽しいことがあると言うの??。
夫に何か懐柔でもされたのかしら、、、。
「黎──、お馬に乗りたい──。」
「坊、お昼からにしましょうか。」
「え───、今したい─────。」
ごねる我が子。
ちょっと!!間もなく母は出発して、10日程は会えないのよ!!。
お馬で遊んだら、母を見送れなくなるのよ。
それなのに、遊びに行く気なの??、分かっていないのかしら。
そうね、まだ小さいのだものね。
きっと、別れ際に離れがたくなって、この子は私と一緒に行くと言うに決まってる。
この子の旅支度もしているわ。
「したいしたいしたいしたい──────。」
駄々をこねる我が子に、穏やかに言い含める黎綱。
「もうすく、坊の母上が雲南に出発しますよ。」
「坊が見送ってくれなきゃ、ダメじゃないですか。」
そうよ、その通りよ。良く分かっているわ、黎綱。
「いやだ───今したい────。」
それでも聞かない我が子、、、。
困り果てた顔を、私に向ける。
「いいわ、、、。遊んでらっしゃい。」
もう、良いって言うしか無いじゃない。
黎綱に私の打算を見透かされていて、ダメだと言ったら、私がまるで駄々っ子みたいじゃない、、、、。
「坊、少しだけですからね、郡主の出立には見送りに帰りますよ。」
うんうんと頷く我が子、、、。やだ、、可愛いわ。
「早く行こう!黎───。」
「はいはい、、あ、駆けたら転びますよ。」
駆け出す我が子を捕まえて、手を繋いで馬屋の方に向かって行った。
我が子は、振り向いて、空いた手を開いたり閉じたりして、私にさよならする。
何の未練も無いのかしら、、、悔しいわ。
きっと、私が出る時間までは帰って来ない、母の勘よ。
それにしても、あの振り向いてさよならする我が子の可愛らしさったら、、、、、。
小さい頃からイタズラ小僧だった夫の子とは思えないわ。
私に似たのよ。
もう、我が子の姿も、黎綱の姿も見えなくなった、、、。
雲南行きの日を、改めようかしら、、、、、、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、、、行くの、止めようかしら、、。
目の前には、我が子が遊んでいる。
まだ、四つに満たない我が愛息。
自分たちの子供が授かるとは、全く思いもよらなかったわ。
心の支えを失った日々、何故、こんなにも苦しいのかと、投げ出したくなった事も一度や二度では無かったわ。
今は、愛しい大切な者に囲まれた、ウソのような今の日々。
時折、不安が過ぎるが、大切な日々と大切な人々が、私を幸せにしてくれ、心の闇から引き戻してくれるのよ。
廊州に、林殊哥哥と新たに居を構え、夫は江左盟の表舞台からは姿を隠した。
あの江左の麒麟、梅長蘇は梅嶺に葬られ、安らかに眠っている。
梅長蘇の記憶も身体も、夫はあの頂に置いて来た。
とは言え、江左盟の組織の実質は林殊が握っているわ。
出入りする面々も、かつての気心のしれた者達ばかりよ。
昨日は雨が降った。
早朝の清らかな空気が気持ち良い。
早くに一緒に起きてしまった我が子が、庭で濡れた草花で遊んでいる。
小殊と呼ばれていた、火の男そっくりの男児よ。
こんなに小さかった頃の夫の事は知らないが、今は亡き夫の母から聞かされていた話にピタリとはまるわ。
だけれど、性格は我が子の方が、幾らか優しい気がしていた。
母思いな可愛い子だ。
そして、何故か黎綱思いな子。
夫の配下である黎綱、当然この屋敷と江左盟の本部を橋渡しする、重要な人材だわ。
夫とは、梁の最強部隊であった赤焔軍にいた頃からの、長い付き合いよ。
林殊の信頼は厚い。
かつて、身体がままならぬ夫の世話の一切をしていた。
人柄は穏やかで良いが、身を固めぬつもりのようね。
若い頃に一度、結ばれた者がいたというが、本人は話したがらないわ。
霓凰は、この屋敷でこの子を産んだ。
屋敷に出入りする黎綱は、何故かこの子を我が子のように可愛がった。
用があるので出入りというよりは、、だいぶ頻繁だったわね。
この子も黎綱にすっかり懐いてしまったわ。
夫は黎綱を、この子の「乳母」と呼んでからかった。
「私は乳なんて出ませんよ、男なんですから」そう反論していたが、見た限り満更でもない様子だわ。
「坊──。」
後ろから声がする。当の黎綱本人だ。
「黎────。」
我が子が嬉しそうに黎綱の元に駈けてゆく。
黎綱なら、この子を任せられる。
この間もそんな事が、、、、私は泣いてしまったわ。
親でも、血の繋がった親族でもないのだけれど、黎綱は本当にこの子の事を想ってくれているのが、何気ない視線からでも分かる。
この子は幸せだと、心から思った。
贅沢な生活や屋敷や、何でも思い通りにしてくれる親なんかよりも、黎綱一人がこの子の側にいてくれる事の方が、数十倍も数百倍も幸せなのよ。
この子も、、、私達も、、。
「郡主、」
「出立は予定通りに?」
「ええ、留守中、よろしく頼むわ。」
黎綱は、返事をする代わりに微笑んだ。
私は雲南の城とここを行き来していた。
まだ若い穆青の夫人には、金陵と雲南の王府の一切を取り仕切るのは荷が重すぎる。
でも、飲み込みは良いのだ。あと数年もすれば、立派な穆家の嫁になれるわ。
私が持っていた辺境の部隊、あの辺じゃ最高の部隊だったわ。
今は組み直して、独自の遊撃部隊になり、魏将軍の旗下の元に、、、南楚の動きに睨みを利かせているわ。
夫は、もう自分の伴侶になり、穆家を出たのだから、小姑が口を出しては嫌われると言う。
でも、父王と兄は早くに逝き、私がやるしか無かった。
南楚と立ち向かい、雲南一帯の平穏を支えてきたのよ。
あなたの嫁になったからと、ぷっつりと退くわけにはいかないわ。
南楚の出方にも影響するわ。
弟 穆青と、若い穆家の嫁が、一人前になるまでは、、、、私がいなくても、雲南の平穏が保たれ、心配する事が無くなるまでは。
そうね、でも、きっとあともう少しよ、あなた、もう少しだけ我慢してね。
この度は部隊の再編成の概要を見に行くわ。
ついでに王府の要塞の様子も見に行って、雲南の王城も回ってくる。
いつもならば、この旅のお供は我が子だった。
なのに今回はここで、父と待つと言うの。
初めてのことで、母は寂しいわ。なるべく早くに帰ってくるわ。
馬を飛ばして、大急ぎで見て回ってくる。
黎綱さんの言うことを、良く聞いてね。
父さんの言うことは、、、、、、そうね、、、程々でいいわ。
「娘、、あげる。」
我が子が、庭で摘み取った白い花を手に近付いてくる。
庭の片隅に咲いた、シロツメグサ。
「母にくれるの?」
十本位はあるだろうか、庭に生えたものは、少し茶色がかった花もあったはずだが、綺麗な白い花だけを摘んでくれたようだ。
しゃがんで、我が子と同じ目線になる。
私に自分で摘んだ花が渡せるのが嬉しいのか、笑っている。
そんな姿が愛らしく、私も嬉しいわ。
あと二刻も過ぎれば、出立するわ。
でも、腹立たしい!!。
「ねぇ、本当にここで留守番するの?」
「母と一緒に雲南に行かない気?」
笑いながら答える我が子。
「行かない。」
「行ってらっしゃい。」
ニコニコ明るく答えるのだ。
一体、ここに残ってどんな楽しいことがあると言うの??。
夫に何か懐柔でもされたのかしら、、、。
「黎──、お馬に乗りたい──。」
「坊、お昼からにしましょうか。」
「え───、今したい─────。」
ごねる我が子。
ちょっと!!間もなく母は出発して、10日程は会えないのよ!!。
お馬で遊んだら、母を見送れなくなるのよ。
それなのに、遊びに行く気なの??、分かっていないのかしら。
そうね、まだ小さいのだものね。
きっと、別れ際に離れがたくなって、この子は私と一緒に行くと言うに決まってる。
この子の旅支度もしているわ。
「したいしたいしたいしたい──────。」
駄々をこねる我が子に、穏やかに言い含める黎綱。
「もうすく、坊の母上が雲南に出発しますよ。」
「坊が見送ってくれなきゃ、ダメじゃないですか。」
そうよ、その通りよ。良く分かっているわ、黎綱。
「いやだ───今したい────。」
それでも聞かない我が子、、、。
困り果てた顔を、私に向ける。
「いいわ、、、。遊んでらっしゃい。」
もう、良いって言うしか無いじゃない。
黎綱に私の打算を見透かされていて、ダメだと言ったら、私がまるで駄々っ子みたいじゃない、、、、。
「坊、少しだけですからね、郡主の出立には見送りに帰りますよ。」
うんうんと頷く我が子、、、。やだ、、可愛いわ。
「早く行こう!黎───。」
「はいはい、、あ、駆けたら転びますよ。」
駆け出す我が子を捕まえて、手を繋いで馬屋の方に向かって行った。
我が子は、振り向いて、空いた手を開いたり閉じたりして、私にさよならする。
何の未練も無いのかしら、、、悔しいわ。
きっと、私が出る時間までは帰って来ない、母の勘よ。
それにしても、あの振り向いてさよならする我が子の可愛らしさったら、、、、、。
小さい頃からイタズラ小僧だった夫の子とは思えないわ。
私に似たのよ。
もう、我が子の姿も、黎綱の姿も見えなくなった、、、。
雲南行きの日を、改めようかしら、、、、、、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、、、行くの、止めようかしら、、。