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傍らの存在

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ある日、自分の中に今までに無いものが在ることを意識した。
それはとても暖かくて、でも時に自分をひどく締め付けるような……厄介なものだった。


今ほたるは一人で町を出歩いていた。
狂と他の四聖天はすでに何処かの旅籠で先程の戦闘の疲れをとろうと羽を伸ばしているに違いない。
ほたる自身、少しは疲れを感じていたが、そんな大した事ではないと思い目的もなくフラフラと町の賑わいの中を泳ぐようにして歩き続けた。
目的はない。
だけど理由はある。
だがその理由も自分の中でひどく曖昧で……。
そいつの近くに居ると自分の感情がひどく不安定になる。
そいつの近くに居ると自分の意志に関係なく体が動こうとする。
そいつの近くに居ると……。
いつも独りで居ることを好み、静かであることを望む自分にとってそいつの存在は目障りなものでしかない。
何故かは知らないが、とにかくそう感じてしまうのだ。
だから、自分は何の目的もなく町を彷徨っているのだ。
どうでもいい事ではあるが、一応自分は『鬼目の狂の監視』という仕事の為に此処に居るのだ。
ふと、町は戦乱の世をどう思っているのであろうと思った。
この町にも所々に破壊の痕が見られる。
平和に暮らすことを望む人々には迷惑な事かもしれないが、自分が生きていくにはもっと破壊が欲しいと思った。
そう考え、すぐに自分には関係ないやと結論を出した。
そんな、何かを考えまたすぐに放り出すと言う事を繰り返しながらほたるは夕方近くまでの退屈この上ない時間を潰した。
黄昏時。誰ソ彼―。
そんな風情が漂ってきた時分、ほたるは自分が旅籠の場所も知らずにいる事に初めて気が付いた。
「そういえば、旅籠の名前も知らないや」
別れ際、梵が旅籠の名前を言っていた気がしたが、そんなものはとっくに忘却の彼方だ。
梵が言っていた、という事実を思い出せただけでもほたるにとっては上出来だ。
久しぶりに屋根のある寝所にありつけるはずが、自分の性格のせいで今日もまた野宿することになりそうだ。
「…………」
ほたるは暫くどうしたものかと考えたが、またあっさりと結論を出した。
「ま、いいか。どうせ屋根があってもなくてもオレには関係無いや」
そう言うとスタスタと野宿できる場所を求めて歩き出した。
「……ほたる!!」
息切れした、まだ声変わりしきっていない少年の声。
(あ……)
振り返ると、肩で呼吸をして自分を睨み付けている―自分が町をふらつく羽目になった人物の―アキラが立っていた。
「どしたの……」
ほたるは自分の耳元に響く心音を不思議な思いで聴いていた。
「お前の事だから、どうせ、梵が言ってた旅籠の名前、忘れちまってるだろうと思ってわざわざ探してやったんだよ!!」
「……探してくれたの?」
嬉しさが込み上げた。ついでに心音も速まる。
だが次の瞬間、ある可能性が頭を過ぎり暗い想いが渦巻いた。
「もしかして、狂に頼まれたから探しに来たの……?」
「はあ?」
アキラが思い切り呆れた声を出した。ばっかじゃねーの、と言った。
「良いからほら、案内してやるから付いて来いよ」
そう言うとアキラはほたるの質問に応えず、早足で歩き出してしまった。
ほたるは慌ててアキラの後を追い、隣に立って歩いた。
ほたるは先ほどの質問の応えがとても気になり、再度アキラに尋ねた。
「ね、どうなの?」
無視。
「ねー、ねー、アキラ」
アキラはついに根負けして
「狂がそんな事言うわけねーだろ!それぐらい、お前の足りない頭でも分かりそうなものじゃんか」
と顔を赤らめながら言った。
しばらく、互いに沈黙したまま歩いた。
「ねえ、オレが居ないとどんな感じ……?」
アキラが恥じらうような気配がし、何か言おうとしては止めという動作を幾度か繰り返した後、
「別に。どうもしね―よ!」
とほたるに向かって言い放った。そう言ったアキラの顔には、言葉とは裏腹に明るい笑顔が浮かんでいた。
まるでほたるが自分の傍に居てくれるだけで自分の心は晴れるのだと言うように……。
作品名:傍らの存在 作家名:ショウ