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石は水面を跳ねる

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「っあ~……あったけえ」
 小春日和のある日、つい溜めてしまった洗濯物をまとめてどうにかすべく向かったコインランドリーの帰り、乾燥機でほかほかに温まった衣類を抱え、オレは海辺の道路を歩いていた。
 普段なら通らない道だったが、溜めに溜めた洗濯物がやっと片付いたのが気持ちよくて、少しばかり開放的な気分だった。
 穏やかな海は、日の光を反射している。
 近寄ったらゴミだらけで汚れてるんだろうけど、遠目には十分綺麗だ。
 他に人通りもなかったので、人目を気にせず、思うさま洗濯物を抱きしめ、顎を埋めて温もりを堪能する。
「あ」
 誰もいないと思い込んでいたが、堤防の所に座り込んでいる人影があった。
 慌てて顔から洗濯物を遠ざけ、抱え直す。
 なんとなく気恥ずかしさでちらちらそちらに目をやって、オレはその目を見開いた。
 人影はどう見たってガキで、白く色の抜けた髪から全身水を滴らせていた。
 まるでいま海から上がったばかりかのようなずぶ濡れ具合だ。
 海水浴場でもないのに、なにをやってやがる。
「お、おい。お前どうしたんだ?」
 思わず近寄って声をかけると、ガキは感情の読み取れない目で俺を見上げた。
「……なにか?」
「あー……ま、いいからこれ使え」
 オレはまだ温かいタオルをガキの頭の上に落とした。
「どうも」
 礼を言いながらガキは面倒そうに髪を拭いた。
 それきり、何か言うでもなく、立ち上がるでもないガキに、オレはしびれを切らせて、そのままの格好では風邪をひくからと、そこらの物陰で洗ってきたばかりの俺の服に着替えろと指示をした。赤木しげるという名前はこの時ついでに聞いた。
 それからどうしたのかと聞いたら、不良連中とやったチキンランで海に突っ込んだという。
 バカか、このガキ。
 今時もそんなろくでもない連中がいるんだなぁ、と妙な関心をして、助かったなら家に帰れと言ったら、今度は家がないと来た。
 オレもいい加減めんどくさくなって、もう服とタオルはやってもいいやと「それじゃオレはこの辺で」と立ち去ろうとしたら「関わったんなら責任持ちなよ」と、まるで他人事みたいにしげるは言いやがった。
 そこからしげるがオレの家に転がり込んできて、警察とか児童相談所とかに相談した方がいいのかなぁ、と思いはしたが、どうにも役所関係なんて敷居が高くて行きづらくて、だらだらしてるうちに、しげるがうちに居ついてるのが当たり前みたいになってきた。
 あぁ、なんて流されやすいオレ。
 しげるは帰りたくない事情でもあるのか、オレが帰らなくてもいいのかと聞くたびに「どうやらここはオレがいるべき世界じゃないらしいが、帰り方がわからない」などと中二臭いことを、至極自然に口にする。
 どうでもいいけど、こんな芝居がかったセリフ、さらっと口にする奴初めて見たわ。
 つまり、どこにも居場所がない、みたいなことを言いたいんだろうか。
 帰るに帰れない状況なんて、俺にも身に覚えがあるが、こんなガキのうちからなんだそれ。
 ともあれあまりつついても面倒そうだし、十三ともなれば自分のことは自分で考えたっていいだろう。
 さすがに目の前でどうこうなられちゃ気分が悪いが、オレはしげるの気が済むまで置いといてやることにした。
 しげるは時々海に行く。
 ホームシックなのかな。それなら帰ればいいのにな、とは思うが、しげるが何も言わないからオレも何も言わない。
 ま、さすがに多少情は移ってるから、帰る時には一言ぐらい挨拶が欲しいもんだ。
 その日もしげるが海でぼーっと佇んでいたから、飯にするぞと迎えに来たオレは何の気なしに石を拾って水切りをした。
 平たい石に回転をつけて水面と水平に投げる。
 石は水面を二度ほど跳ねてぽちゃんと水に沈んだ。
「腕鈍ったな」
 ガキの頃はもう少し水面を跳ねさせられたはずだ。
「何、今の」
 振り向いたしげるは少し驚いた顔で、オレを見上げていた。
「水切り、知らないか?」
 今時のガキはこんな遊びしたことねーのかな。聞き返した俺に、しげるはやけに神妙な顔でこくりと頷く。
「こう水面に対して水平に、回転付けた石を投げてやると、水面を石が跳ねるのよ」
 石を拾い上げ、スナップを効かせてもう一度。
 あまりうまく回転がかからず、一度跳ねただけで沈んだ。
「……オレもやってみる」
 しげるも立ち上がると、おもむろに石を拾い上げてオレの真似をした。だが、入射角度が悪かったのか、石は水の中に沈むだけだった。
「水切りには平たい石がいいんだ。あと回転が足りない」
 しげるに見本を見せようとして俺も失敗した。
「あ、あれ!? もう一回!」
 慌ててもう一度試すと、今度は調子よく三度大きく跳ねた。
「よっし!」
 ついついガッツポーズするオレに「ふはっ……」っと、おかしそうにしげるが吹き出す。
 オレは思わずしげるの顔をまじまじと見た。
「……なに?」
「いや、お前、そんな笑い方もできたんだなぁ」
「別に笑うくらい、普通でしょ」
 照れたのか、しげるは顔を背けてしゃがみ、石を物色し始めた。
 勘がいいのかちょっとコツを教えてやると、あっという間にしげるは水切りをマスターし、とてもオレじゃ敵わないような新記録を打ち立てる。
「かっわいくねー……」
「負け惜しみはみっともないよ、カイジさん」
 すっかりふてくされるオレに、しげるは歯を見せて笑う。
 今日は珍しいしげるの顔をずいぶん拝む日だな。
 年相応のガキらしい顔。
 こいつに何があったのか何を考えているのかは知らないが、少なくともオレのそばにいる間は、そうやって当たり前のガキみたいに過ごしゃいい。
 オレも半ばムキになって水面に石を投げ込みながら、こんな日が続くのならそれもまた悪くないと思った。
作品名:石は水面を跳ねる 作家名:千夏