お子様的事情
何故自分はあいつの姿が見えないと落ち着かないのだろうか?
闇に揺れる炎を見つめアキラはひざを抱えて座り込み物思いに耽っていた。
「ちぇ~、せっかく頑張って火を焚いてやったのに…いつもならほたるに任せっぱなしなのをさ」
それなのに…とアキラはぶつぶつ文句を言いながら、その辺に転がっている小枝を炎の中に放り投げた。
ぱちぱちと炎の爆ぜる音が静かな夜に心地よく染み渡る。
背後に人の気配を感じた。狂だ。
「ねえ、狂。ほたるの奴またどっか行っちゃってさ。どこに行ったか知らない?」
アキラは首だけ狂の方に向けてそう尋ねた。
「さあ、知らねえな。あいつはいつも独りを好むからな。オレよりも梵に聞いた方が分かるんじゃねえか?」
梵は何くれと自分たちの世話を焼いている(と言うか焼く破目になっている)。確かにあいつならほたるがどこに行ったか見かけているかもしれない。
「ん、そうだね。じゃあちょっと梵に聞いてみる」
アキラは狂の「お~」と言う声を背に駆け足で梵の居る方へと向かっていった。
アキラが梵の所へ来た時、彼は夜食作りに励んでいた。
彼は考え・動作は大雑把だが、妙に器用で繊細な所があり、自分たちの中で一番家事をするのに向いていた。
そういった点でも彼は世話焼き女房であった。
「梵~、ほたるが何処にいったか知らない?」
「んあ?そういや見かけてねえなあ。何だ、何か奴に用事でもあんのか?」
そういえば自分は何故ほたるなんかを探しているのだろうか。いつもは火を点けてから居なくなる筈の彼が今日に限っていなくなったから…?
苦労して点けた火の文句を言おうと思ったからだろうか…?
押し黙ってしまったアキラに梵は少し訝しげな視線を向けると、何か思い当たる所があったのか下卑た笑いを浮かべて
「ははあ~…さてはアキラお前、ほたるに気があるだろう」
気がある…?
気があるってのは確か、ある特定人物が気になる時なんかに使われる…簡単に言ってしまえば恋、と言われる感情を暗に示しているような時の言い回しでは…。
「―氷付けにしてやろうか?」
押し殺したアキラの声音に、本物の殺気を感じた梵は慌てて結構です、とアキラの親切な(?)申し出を有り難く(??)辞退した。
+++
その頃捜されている当人、ほたると言えば―。
寝ていた。
それはもう、ぐっすりと。
今日は珍しく自分たちの進行方向を邪魔する者たちの影はなく、退屈な日を過ごした。
ほたるは退屈すぎると眠ってしまう。
ほたるにとって戦闘での疲れはカフェインと同義だ。
戦いのあった日の夜などは、遅くまで空を眺めて興奮が収まるまでとてもではないが眠りに就く事ができない。
野宿をするのに丁度良い広さのある所まで来た一行は各自の既に決まりきった役割分担を負い、早速その作業に入った。
ところがほたるは、自分の役割である焚き火の準備を放り出してふら付いた足取りで寝床を求めて早々に引っ込んでしまったのだ。
木に寄りかかって寝ているほたるの後方で、小枝の踏み鳴らされる音がした。
アキラだ。
「あー、此処にいた!!おい、ほたるっ!」
ほたるの姿を確認したアキラは大股でずんずんと向かっていくと、
「何だ……寝てんじゃん」
と少し気落ちした様子で溜息混じりに呟くと、ほたるの隣に腰掛けた。
ほたると同じようにして木に寄りかかると、木の葉の隙間から洩れる小さな星明りを見上げた。
今、月は雲の陰に隠れ、形のない闇が広がるだけだ。
「せっかく俺が捜してやったのに、寝てるんじゃつまんないよなー」
そう言ってアキラはほたるの頭を軽く小突いてやった。
どれほど時間が過ぎたのだろうか。
アキラは隣でほたるが身じろぐ気配を感じ、空を見上げていた視線をほたるの方へと流した。
「………」
ほたるが呻きもせずに目をパッチリと開けた。
普通の人なら、ずいぶんと寝起きがいいのだなと感心するぐらい静かな目覚めだろう。
だが、アキラはほたるが未だに夢現なのを知っている。
ほたるは長い時間をかけて焦点を合わすと、アキラが自分を覗き込んでいるのにようやく気付いたようだ。
何度か瞬きをし、なに?と寝ぼけた声で尋ねた。
アキラはさすがに呆れて
「相変わらずぼけてんなー、お前が火を点けずにどっか行っちまったから俺が火を熾したんだぞ」
とどこか自慢げな響きを含ませて言った。
「ふーん…火を点けるのにどのくらい掛かったの?」
「30分!!」
「………」
今度はほたるが呆れる番だった。
「俺だったら1秒も掛からないのに…」
「それはお前の特殊能力のおかげだ!!」
「使わなくても30分も掛からないと思う…」
「なに~!!」
アキラが握り拳を震わせてほたるに食って掛かる。そんなアキラの様子を何処吹く風と言った感じでほたるはふいっと顔を逸らした。
「お前にとってはそんな事かもしれないけどなぁ~!!オレにとっては凄い事なんだぞ!」
おい、聞いてんのかよ!とアキラはほたるの頭を拳で殴ってやった。流石にそれにはほたるもムカついた様子で、何するの、と頭をさすりながらアキラに向き直った。
ほたるの悔しげな声に少し満足したのか、アキラはざまーみろ!!と笑った。
そんな他愛無いやり取りがとても楽しい。狂には憧れてるし、梵も嫌いではないが、ほたると話してる時のような楽しさはない。(アイツに関しては問題外!!)
「へん、ば~っか」
「ばかって言ったら自分がばか」
「お前の方が2回もばかって言ってるじゃん」
「そう言うアキラも2回目」
「あっ、しまった!!くっそ~」
「はいはい」
「こいつら、いつの間に一緒に寝るほど仲良くなったんだ?」
「さあ?でもまあ、こうしてるとガキどもが何時もにも増してガキに見えるよなぁ」
朝日の下、其処には仲良く寄りかかって寝息をたてている二人の姿があった。