東方『神身伝』
そこは、暗く音の無い世界、無数に存在する大小の目が、あちらこちを見つめる異様な空間。
そこに一人の女性が、何か隙間のような物を覗き込んでいる。
「あははは、面白いことに成っているわね、まさかあんな姿になるなんて。」
女性は扇で口を隠しながら、とても楽しそうに笑う。
その女性に、後ろから近づいてくる人影があった。
「紫様。」
そう、笑い声を上げていた女性は八雲紫、冬馬を幻想郷に連れて来た張本人だ。
声を掛けた人物も、変わった風貌をしていて、白いワンピースのお尻の所から、9本の先が白くなった黄色い尻尾を生やしている。
紫はそちらに振り返らず、何かを覗き込んだまま、女性に話しかける。
「っで?あちらの様子はどうだったのかしら?」
「はい、居なくなった事により、それなりに騒ぎになっています。
特に彼に親しい者達が必死に探し回っています。」
「そう。」
紫はそれだけ答えると、覗き込んでいた隙間を閉じて女性の方を向く。
「それも、その内に収まるでしょう。
彼の親族や、親しい者には申し訳ないけどね。」
軽い口調で答えると、口を隠していた扇をパタンと閉じる。
「っで、藍は彼の事、どう見るかしら?」
藍と呼ばれた女性は、暫く考えて答える。
「恐らく、何かの妖怪に憑依されたかと。」
「ん〜、残念。」
紫は、凄く楽しそうに、藍を畳んだ扇でさしながら答える。
「は、はあ〜。」
藍は、そんな紫に少し困惑した表情を向ける。
「恐らく、あれは妖怪じゃ無いわ、それに、この世界の者でもないわ。」
紫は、自信ありげに藍に説明する。
「それは一体何なのですか?」
「それは、解らないわ。」
これまた、自信ありげに答える。
藍は更に困惑した表情になる。
「取り敢えず今は、様子見かしらね〜。」
紫は、実に楽しそうな表情だ。
「しかし、本当に良かったのですか。」
「ん?何が。」
藍の質問の意味が解らない紫は、質問の内容を聞き返す。
「いや、あの青年をあんな森のど真ん中に置いて来てしまった事ですよ。」
そう、何度も言うようだが、この八雲紫と呼ばれる女性は、冬馬を幻想郷に連れて来た張本人だ。
そして、それは映姫と呼ばれる女性に頼まれた事でもある。
藍が心配しているのはそこである、頼まれたことを途中放棄したような形に見える、その行為に懸念を抱いているのだ。
「あの閻魔様の頼み事だったのでは?
それを、あの様な形で・・・・大丈夫なのですか?」
「なに?そんな事?大丈夫よ。」
藍の心配をよそに、紫は軽く、そしてくだらない事のように答える。
「確かに、あの方からの頼まれ事にには違いは無いわ、でも、あの方から頼まれたのは此処につれてくる事で『面倒を見る』と言った事は何一つ言われてないもの。」
紫は至極当然の様に言い放つと、更に続ける。
「それに、私は、ただ単に森に『放置』したわけじゃないわ、目を覚ますまでの間、私は傍でずっと彼の事を見守っていた。
出なければ、今、頃彼はあの森に巣くう者達の糧になっていたもの。」
紫は、冬馬が森で目を覚ますまでの間、彼の身に降りかかる脅威を未然に防いでいたのだ。
「しかし、その後に何か有っては。」
藍の意見も最もだ、いや、むしろ正論だ。
冬馬が目覚めたからといって、それらの脅威が全く無くなるという各章は、何処にも無い。
「それは大丈夫よ、彼の身体能力なら、あそこに巣くう者程度なら、簡単に倒すことが出来るわよ。」
紫は、冬馬を幻想郷に連れてくる前に、その力の一部を、その目で確認している、それが彼女に自信を持ってそれを口にさせるのだ。
「・・・・・・お考えが有っての事なら良いのですが。
紫様が、あの方に叱られるのを私は恐れているのです。」
「うふふ、優しいのね。それとも、その後に待つ八つ当たりが怖いのかしら?」
藍はビックと方を震わせると、両手を振って、全力でその言葉をを否定する。
「まあ、どちらでも構いませんわ、それよりも、今後何か起きる可能性もない事も有りませんから、警戒しておく様にしなさい。」
そう言いながら、ゆっくりと移動し、藍の横を通り過ぎていく。
「はい。」
藍は返事をすると、紫の後を追っていく。
藍は、その時ふと疑問に思った事を、紫に聞いてみる。
「彼は、それ程に実力者のある者なのですか?」
「そうね、あそこで、間違っても『木に顔面をぶつけて』気を失わなったりしなければ、あの辺の者に、遅れを取ることは先ず無いわ。」
「そうですか。」
そうして二人は、他愛の無い会話をしながら、不気味な瞳が、無数に存在する異様な空間の、その奥へと姿を消していった。