ことばが落ちる
肺まで届くはずの酸素が喉の奥で詰まってしまって、うまく呼吸が出来なくなるような感覚。苦しくなって、また空気を吸い込んだ。
「もしかして、」
新八が言った。
その言葉の続きが神楽は何故か恐ろしく感じて、思わず両手で新八の口を思いっきり塞いだ。がち、といやな音がして新八がものすごく不快そうに眉をひそめたのを見て、神楽は、もう一度息を吸い込んだ。
慌てて手を離すと新八の下唇からだらだらと血が流れていて、神楽は新八が持っていたハンカチをまた思いっきり唇に当てた。次は予想できてたのか、新八はもごもごと苦笑しながらありがとう、と言ってしばらく遠くを見ていた。(本当はわたしが悪いのに)
その視線が何を語るのか、神楽はほんの少し気づいている。だけどどうか気のせいであってほしいのだ。だから、新八とは眼を合わせられなくて、傍にいる定春の毛並みを指でゆっくりと梳いた。
遠くのほうで、声がたくさんする。お互いに身体を労わる言葉とか、泣いてる声とか、叫ぶ声とか。
見慣れた黒服の集団は、今回の騒動でたくさんいなくなった。死んだり、行方不明だったり、殺されたり、した。万事屋はみんな生きているけれど、向こうはたくさん死んだ。
銀時は今、近藤と話をしているのだと名前も知らない生き残り隊士から伝言があった。新八はそれを了承し、神楽と定春を連れて少し黒服から遠ざかった。何故かは分かりかねたけれど、あのむさ苦しい群れの中にいるのは、さすがに神楽だって嫌だった。
だけど、今、こうして向こうの喧騒を聞いていると、失敗したと思った。(声がする。たくさん、たくさん)
ふと、新八が動いた。小さく肩が動いたので、やっぱり嫌な予感がした。
嗚呼、
「銀さんは、もしかして、」
言ってしまう。
神楽は俯いていた顔を上げ新八を見上げてまた口に手を無理やり当てようとしたけれど、新八が傷つくのはみたくなかったので手を止めてしまった。
「真選組みたいな人たちが、欲しかったのかな」
新八の遠い目に、神楽はまた呼吸をひとつした。
それは自分たちには与えてあげられないものでしかなかった。どんなに努力しても、あんな絆は生み出せない。
銀時の過去は、新八も神楽も知らない。知る必要がないと高を括っていたけれど、それでも今回の騒動での銀時の感情の揺れは分かりやすすぎた。
昔の話だと、彼なら言うだろうか。もう過ぎたことだと、言うのだろうか。どちらにしても、二人と一匹では真選組に太刀打ちは出来ない。
「そんなの、考えてたら、頭パーンってなるヨ」
「・・・・・・そうだね」
新八が痛々しい唇のまま笑ったので、神楽はごめんなさいと謝り、新八の胴回りに腕を回して正面から力いっぱい抱きついた。
大丈夫だよ、と頭を撫でてくる手が優しくて(本当は新八だって、かなしいのに)、神楽はしばらく一人と一匹の間で泣いた。
ことばが落ちる
お題配布元:不在証明さま