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病める羊

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本のページをめくる乾いた音が、やけに部屋の中に響く。

屋敷の外では激しい雨が降り続いているが、雨音は不思議と遠かった。昼下がりの邸内は、まるで自分と彼の二人きりのようにアントーニオには感じられた。

バッサーニオはだらしなく長椅子に寝そべって、読書をするアントーニオを先程から注視している。
「何だ?どうかしたのか?」
「別に」
視線に気付いて問うても、素気ない返事をするばかりだ。

バッサーニオが訊ねてきたのは二時間ほど前。
『急に雨が降ってきた』
そんなことを言いながら、青年はずぶ濡れのまま部屋に入ってきた。
濡れた服を替えると、茶を勧めるのを断って、雨が止むまで置いてくれと椅子にさっさと横になった。そのまま寝入ってしまったようだったので、アントー二オは読書を続けていたが、青年はいつの間にか起きていたらしい。

「そんな小難しい顔で、紙とにらめっこは余程楽しいのかと」
「それは…」
苦笑いを浮かべて、アントーニオは相手に向き直る。
「君らしい言い方だが、バッサーニオ、これはこれで楽しいのだよ。良かったら君にも何か見繕ってあげよう」

聞いているのかいないのか、バッサーニオは起き上がって大きく伸びをした。
「まあ、俺にはむいていない」
そして立ち上がり、アントーニオの処まで歩いて来ると、本を取り上げ無造作に机の上に放った。およそ無遠慮な振る舞いに、相手が怒るとは微塵も考えてはいないようだった。実際、アントーニオは全くその通りであるのだが、それでも一応眉をしかめて見せた。

「退屈している友人を、少し構ってはくれないか」
相手の態度を全く意に介さず、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべて見下ろして来る青年に、アントーニオは視線を外す。

この瞬間は、いつも苦手だ。
自分の愚かしく浅ましい心の内を、見透かされている様な気持ちになる。無論それは自らの罪悪感に起因するもので、青年にそのような意図はない。

ただ一時の退屈しのぎ以上の意味など。

「アントーニオ、こちらを向いて」
俯いた頬に手が添えられ、上向かされる。
触れるだけの軽いキス。バッサーニオは何も言わずにアントーニオを見つめている。

ここで自分が彼を拒んだならどうなるかと考えてみることもある。
おそらく青年は入ってきた時と同じように、軽い足取りで出て行くのだろう。アントーニオに気を悪くすることすらなく。

ぎこちない動きでアントーニオは手を伸ばすと、バッサーニオの背中を抱いた。

この世を作り給うた神の意思に背く行為でも。
意味のない戯れに一人心を焦がされても。

この奔放で美しい若者を、崇め仰ぐだけのみじめな男に選択など残されてはいないのだ。

「アントーニオ」
応えて力強い腕が身体をかき抱く。

遠い雨音を聞きながら、あきらめにも似た気持ちでアントーニオは目を閉じた。
作品名:病める羊 作家名:あお