冥府の優秀な薬師(コレットは死ぬことにした)
ハデスはゆっくりと目を開いた。
久しぶりにいい気分で目覚めた気がする。
それに体が軽い。
昨夜コレットが、冥府は明るいと言ってくれた。
何気なく呟いたのだろうが、驚いた。
毎日死者を、善者か悪者かと裁いて、
人間の嫌な部分や酷い死に方をした者の話を聞く。
毎日毎日毎日...神とて気が滅入らないわけない。
この仕事に誇りは持っているが、
どうしてこうも人間とは...と思わずにいられない。
公正な存在で在るために孤独でもあった。
元よりあまりつるむのは好きではないが、
誰かとの交流を断つことは、
裁判のいろいろで滅入った心を
さらに硬く冷えさせていたのだろう。
最近の冥府は確かに明るい。
家来達が生き生きと個性を出して働いている。
針子なぞは目も合わせなかった。
それがどうだ、あんなに喋るヤツだとは。
「フッ」
服を仕立ててくれと依頼した時の
ハリーの喜ぶ顔を思い出し、
ハデスは思わず声を出して笑った。
「おかげで皆の夢を見た。」
そう、昨夜は家来たちと談笑する夢を見たのだ。
そこにはコレットも確かにいた。
「...ん?」
ここは...私の閨(ねや)ではない。
枕も違うし、装飾も違う...
ガバァッ
驚いて、思い切り体を起こした。
側に見たことのある長い髪。
コレット?!
なんで私はコレットと寝ているのだ。
「ここは客間?!」
ちょっと待て…落ち着け。お前は冥王だ。
昨夜私はどうしてここへ...
そうだ、足が悪いコレットを泊まらせ、
食事のあとここまで運んだのだ。私が。
そして少し会話して...その後の記憶が...ない。
「うーん...」
そう言いながらコレットはコロンと寝返りを打った。
ハデスはコレットの頬に手の甲を添わせた。
「ぬくいな...」
ギシッ
ハデスは再びコレットの横に横たわって、
そこ無防備で幸せそうな寝顔を眺めた。
「何も...してないよな///?...私は」
覚えていない...いないが、流石に
コレットに酷いことをしたのなら覚えているだろう。
昨夜はそこまで酔っていなかった...はず。
それにコレットがいつも通り幸せな顔をしている。
「お前のその顔はデフォルトか?」
この表情が、私がそばにいるから幸せと
思ってくれてのものだったらいいのに。
「私は...家来がいて、お前がいてくれるのが一番幸せらしい。」
ああ、そうだ。
昨夜はそんな夢を見たのだ。
だから気分よく目覚めたのだ。
滅入った心が、ここに帰ってくることで癒される。
ハデスはゆっくりコレットを抱きしめ、
その頭に頬を寄せた。
「ぬくいな...」
「帰したくないな...」
コレットは地上の薬師。
足の怪我が治れば、また旅だ治療だと忙しく
毎日会えるわけではない。
ふと、足の怪我が治らなければいいのに、
という考えが頭をよぎり、
ハデスは頭をブンブン振った。
昔そうやってお気に入りの娘の足を切り、
自分の元へ置こうとした神が居たな…。
いくらそばにいても、コレットが幸せに
笑ってくれてないと意味がない。
こいつは薬師の仕事に誇りと生き甲斐を持っている。
それを取り上げるならば、
コレットは笑ってくれはしないだろう。
でも...せめて夜だけでも共に過ごせたら。
そして毎晩この手に抱きしめて寝られたら。
「無理なことを考えるのはよそう。」
そう言ってハデスは体を起こし、
「準備をするか」
と、愛しい存在からそっと身を離して、
客間のベッドから出て、自分の部屋に戻った。
しばらくして、
「ハデス様!あと着替え中でしたか?」
さっきまでこの腕の中にいた愛しい者が来た。
「ハデス様、私のことケルとベロと間違えて
寝ちゃったんですよ?」
「まさか」
「ほんとですう」
ウソだ。犬と間違えた?
なんてことだ。
でも愛しき存在であるのは間違いない。
私はこの冥府が好きだ。家来も犬も。
そしてコレット、その場所にお前がいなくては
もうダメなのだ。
「夢を見ていた。
家来達とお前がいたんだ。許せ。」
我ながらなんと勝手な言い分だ。
でもそう言って膨れる顔もまた愛しく、
「許します」と頬を染める
その表情もまた愛しい。
もう手放すことはできない。
できることなら、
この腕にずっと抱いていたい。
今夜も会える。
それだけで私は元気になる。
コレット。お前は本当に冥府の優秀な薬師だな。
私の張り詰めた気をこんなに溶かしてしまうとは。
クスクスと笑いあう朝を迎える。
冥王になった時は、そんな幸せな朝が
また来ると思わなかった。
「足は大丈夫か?コレット」
「痛みはだいぶ和らぎましたよ。」
「まだ痛むのだな」
「えっわっ、ハデス様?!」
ハデスはコレットを抱き上げ、
食卓に向かった。
「ややっ!コレット!お前ハデス様に
抱っこして運んでもらうとは、なんとうらやま...いや
無礼なことをしているのだ!」
ガイコツが青ざめた顔をしている。
「よい。私が運びたかったのだ。」
「運びたかった?!」
主人大好きガイコツはくやしいいい、という顔をして
コレットは真っ赤な顔をして、でも目を合わせると
微笑み返してくれる。
「いい朝だな。」
私がそう言うと、
「そうですね。」
とコレットがニッコリ答えた。
作品名:冥府の優秀な薬師(コレットは死ぬことにした) 作家名:りんりん