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紅画

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売りに出された師任堂の画。
なんと、表具までされていた。
ひとつ残らず買い戻し、師任堂の作業所まで運んだ。
どんな経緯で売られたのか、分からぬが、本意では無かったはずだ。
何故ならば、今まで一枚たりとも、手放したりはしなかったからだ。

本当は、私の手元に全て置いておきたい位なのを我慢して、みな、そなたの作業所へと戻したのだ。
だいぶ無理して格好をつけた。私は男らしかったろう?。
そなたには、私がどれ程耐えたのか分からぬだろう?。
我ながら、よく我慢できたものだ、そう思う。

ガランとしたそなたの作業部屋。
そこに、ただ一枚だけ残された真紅の画。

人の目には、この画に何が込められているのかは分からぬだろう。
そなたの激情が込められた、この画だけが残された。

何も無い、ただ真紅に染められただけの画。
なんという深い悲しみと苦しみ!!。
初めて見た日、私の心が潰れるかと思った。
一度や二度、色を重ねただけではこうはならぬ!。
どれだけ重ねたのだ。
何をここまで苦しんだのだ。

この紅を選んだこと、この大判の紙にしたこと、何度も重ねて塗ったのに、全く毛羽立っておらぬ事。
どれだけの時間をかけ、どれだけの神経を集中させたのだ。

そなたには、逃げたい何かががあったのだろう。
この画に逃げたのだ。
気丈に見えて、実は脆く危うい事を、私は知っている。
そなたをここまで打ちすえた出来事は何だったのだ。

、、いや、追求せぬ、探ったりもせぬ。

ただ傍に、いつも私がいる事を覚えておいて欲しい。
何かがあれば、言わなくても私が、必ず駆けつける。
例え地の果てに居ようともだ。

言わずとも、画を取り戻したのが私である事は、師任堂ならば分かるだろう。

だか、どうしてもせずにはいられなかった。

全ての画を戻した後に、
この真紅の画の隅に、芍薬、一輪を置いておいた。
ここに一輪置いてしまったら、この画の均衡が崩れてしまうだろう。
だか、私は描くのだ。
私はそなたの悲しみと苦しみを破壊して、全て、私が背負ってやる。
だから、この画に白い芍薬を置く。
この芍薬が、壊した全てを受け止める。
この芍薬がここにあれば、もうこの画に、紅を重ねる事は出来ぬだろう?。

そして、書きたくはないが、一筆、書簡を残してゆく。
私がした事の全てが、そなたの負担にはならぬ様に。
こんな事は、私には何でもないのだ。
そなたが笑っていられるのならば、私はどんな事でも成せるのだ。

そなたに私が何をしたのかなど、分からなくてもいい。

私の心など分かるな!。
伝わるな!。

私はそなたが、ただ、光の中で笑っているのならばそれで良いのだ。



師任堂、、。
、、、、大切な人よ。








............................................


もう、描いた画など、どうでも良かったのです。

画を描くことに執着してしまった、私への天罰だったのかも知れないと思っています。
でも、描きたい心を抑えることが出来ない、、、、。
亡くなる前の日のお父様から、描いてはならぬと、言いつけられていたというのに。

夫から持ち去られ、売られてしまった私の画。

かつて私の描いた観音菩薩の画を発端に、雲平寺での惨劇が起こった。
私の画がどこかに流れ、また悲劇が起こるのではないかと、ただ恐れていたのです。
だからお金を積まれようと、懇願されようと、決して渡さなかったのです。

あのがらんとした部屋の中が、また私の画で埋められた。

そしてあの紅い画に、一輪の白い芍薬の花。
宜城君様なのだと、、、、、。

あの画をあなた様に見られた時、私は恥ずかしかったのです。
逃げてしまいたかった、、、、。
聞かれるかと思った、、、、何があったのかと、、。
あなた様はなにも聞かずに、世子様とお帰りになりました。
宜城君様は、全てを分かっていたのですね。

どうしてこんなに私にお優しいのですか、
私はそんな宜城君様を、幾度も拒絶したというのに、、、。

また、、宜城君様に、、、、、甘えてしまう、、、、。

この紅い画は、私の欲への恐れだった、、、不安だったのです。

離れていく夫の心。
子供たちの父親が、去って行くかもしれないという不安。
夫に尽くしてきましたが、夫を心から尊敬はしていなかった。
歪みは時をかけて、現われてしまったのでしょう。
私の至らなさでしょう。

こんな私の画に、宜城君様は一輪の芍薬を描いて下さった。
静かな、でも力強い、気高い芍薬の花。

私の汚れた心の中を、この芍薬が全て浄化してしまったようです。

私の心など、あなた様は見透かしておられるのですね。

知って尚、私に手を差し伸べて下さるのですね。

私は、悪い女なのです。
夫も子もいながら、宜城君様を忘れられずにいる。
何も無かったのだと、宜城君様に惹かれる心を殺し、、子供たちの為にも、宜城君様の為にも、あなた様から離れるべきなのに、、、、。

私が困れば、必ずあなた様が現れる。
心、揺れ動かずにはいられません。

この胸の奥に秘めるだけ、、決して声に出すことは無い、、あなた様への思い。
ずっと消す事が出来ないのです。


この画の中だけならば、、、許されるかも知れない、、。
共に在ることを、、、、、。

芍薬に添う胡蝶、、、誰が、この画の意味を知るでしょう、、、。

共に望んでいたことを、この画の中だけでも、、、せめて、、、。

これも、、、私の欲でしょう、、、。


打ちひしがれて、とてももう、立ち上がれないと思っていたのに、、。
拠り所のない私を、あなた様はずっと、励まし続けてくださる。
そして私は、また、歩いてゆける。

この先、どうしたらいいのかは分かりません。
でも、出す事ができなかった一歩を、今、踏み出す勇気が持てた。


私はいつも甘えてばかり、、、、。

これ迄、あなたを傷つけ、遠ざけ、、、、。

、、、、、なのに、、、。



あなたの眼差しが、、、私を守っている、、、、、、。


宜城君様、、、、。







──────糸冬──────────
作品名:紅画 作家名:古槍ノ標