争奪戦(?)
「んぁ…?」
狂は自分の腕に感じられるはずの重さが無くなっている事を訝しく思いながら薄く目を開いた。
そして其処には、予想通りと言うべきか言わざるべきか…昨夜騒ぎ疲れて自分の腕を枕にして寝てしまったアキラではなく、騒いでいたアキラを遠くからじっと見ていたほたるの背が見えた。
「寝ぼけてんじゃねーよ。何でお前が此処に寝てるんだって聞いてんだよ」
言いながら狂はほたるの頭を軽く叩いた。
「……暖かそうだったから」
「は?」
「アキラのとなり」
ほたるは狂の方を見ることも無くそう呟いた。
暖を求めて、人の間に潜り込みたくなるのは分かりたくないが何となく理解できる心理だ。
だが、“アキラのとなりが暖かそうだったから”というのはそれとはまったく関係の無いことのように思えた。
そういえば以前、アキラに狂は父親みたいだと言われたのを思い出した。
そして自分は何で俺様がてめーの親父なんだ、俺はまだそんな年ではないと拳骨をアキラにくれてやったのだった。
するとアキラは頭をさすりながら狂が父親なら、梵は母親みたいだと、自分達が家族だとしたらそれぞれがどんな役割になるだろうと考えたのだ、と言った。
後の二人はどうなるんだと不機嫌に尋ねてやると、アイツは家族にしたくないと言い(確かにそうだと狂も心の中で頷いた)、ほたるは良く分からないと返してきた。
分からないとはどういうことだ、と問いを重ねるとアキラはしばらく考え込んだ。
しばらくしてアキラの顔が赤くなったかと思うと、次の瞬間違うったら!と叫んでどこかへ行ってしまったのだった。
その時は狂自身、それきり深く考えていなかったのだが、それはつまりアキラの中の自分たちの位置関係の表れであるのだと思い至った。
突然、狂は面白くない気分に襲われた。
「おい」
狂はほたるの背に向かって呼びかけた。低い声を更に低く響かせている。それだけで狂の不機嫌のほどが知れようというものだ。
が、ほたるは寝息をたててアキラにしがみついたまま何の反応も返してこない。アキラもほたるの腕の中で穏やかに眠り続けていた。と、アキラが微笑んだ。
その笑みはとても幸せそうで、普段なら狂の気持ちを和ませるものであったったが、今のこの状況では狂の面白くない気分ゲージをMAXにさせる働きしかなかった。
狂は何の躊躇いも無く抜刀した其れをほたるへと振り落とした。
「よく避けたじゃねーか」
ほたるは後方へと軽く飛び、狂の一刀から逃れていた。その腕には未だにアキラを抱いている。
「…何するの」
狂の遠慮ない殺気に安眠を妨害されたほたるは普段何の感情も窺えない声に幾分か不機嫌そうな響きを含ませて言った。
せっかく気持ちよく寝てたのに、とぶつぶつ文句を言いながら傍らにアキラをそっと横たえると、ほたるは自分の武器を構えて狂に向き合った。
「…殺してもいい?」
「けっ、上等じゃねーか」
二人は森の奥の方へ移動すると、合図もなく死合を開始した。
闇夜を照らす鋭い月のわずかな光の中、刃の鳴り合わさる音が短な命を燃やす欠片を生み出しながら響き渡る。
森の動物たちが怯えた様子で二人の間合いから逃げ去る。
近くまで飛んできた鳥までも方向を変えて遠ざかって行った。
「アキラは…あげないよっ!」
そう言ってほたるは狂の方へと大きく踏み出した。
「ハッ、ばぁーか!あいつが親離れするのはまだ当分先だぜ?」
「狂は自分がアキラの親だと思ってるの…?」
ほたるが狂の言葉にそう聞き返す。
狂は切り込む手を休めずに、自分の今の心境がもしかしたら娘を嫁に出すのを拒む父親の気分に近いのでは…と、なった事も無い父親に同調している自分に愕然とした。自身の考えに思わぬ打撃を受けた狂はあまりの衝撃のでかさに黙り込んでしまった。
ほたるはその沈黙を同意ととったのか、親なら関係ないしもういーや、と一度狂の刀を大きく払いのけると素早く身を翻し去って行った。
父親の心理を悟ってしまった自分にショックを受けている狂を一人残して戻って来たほたるは、再びアキラを抱いて眠ろうとした。
「ん…」
抱きかえられて生じたわずかな揺れに、アキラが瞼を細かく痙攣させて微かに身じろぐ。
「…ごめん、起こした?」
ほたるは声ではなく息でアキラの耳元に囁いた。アキラの目が薄く開かれ、其処にほたるの姿が映ると彼は何故だか安心した様子で、戻ってきたんだ…と笑みを漏らした。
憎まれ口ばかり叩くアキラも可愛いが、その柔らかな表情もまた格別に可愛い。
「朝までこのままでいてもいい?」
アキラは頷くような仕種をすると、再び眠りに付いた。
ほたるはアキラの柔らかな髪を梳きながら、自分でも気付かないうちに口元に笑みを浮かべていた。
ほたるの言葉がアキラの意識に届いたかどうかは定かではないが、自分がアキラの元へと戻って来たのを喜んでくれたのだというその事実はほたるをとても幸せな気持ちにさせた。
「オレは狂と違って親のつもりなんて無いからね?だから…その時は覚悟してて」
そう呟くとほたるもまた夢の世界へと意識を沈めていった…。
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(まったく、寝たふりを強いられるこっちの身にもなってみろや)
梵は苦虫を噛んだような表情できつく目を瞑ってそう毒づいた。此処には居ない四聖天の一人が羨ましいと同時に酷く恨めしい。
自分の背後で繰り広げられた新婚さん、いっらっしゃ~い♪に一人身の俺様にゃキツイぜと羊を数えながら寝ようと努力した。
こうして二人の漢の間で繰り広げられたアキラ争奪戦は無事(?)幕を閉じたのだった。