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記憶の彫刻

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血化粧をしたほたるは炎と戯れているように見えた。

その時の彼はとても活き活きしていて、それでいて酷く艶かしかった…。


「貴方に私を殺せますか」
隣で眠るほたるの耳に私はそっと囁いた。彼が本当に寝ていない事など私にはお見通しだ。
「…アキラはオレに殺してほしいの?」
思った通り、ほたるはそっと目を開いて私を見つめる。
闇に光る二対の目が血に餓えた獣を思わせて酷く私を欲情させる。
今すぐにでも血にまみれて興奮している彼の姿を目にしたい。
「できるのでしたら、ね」
私は黒い欲望を早く遂げたくてわざと挑発するような事を言った。
「それじゃ、死合しようか」
ほたるがむくりと起き上がって外へ出た。
戸を開けると淡い夜の光がまっすぐに室内を照らした。

「そうですね」
私自身も布団から抜け出すと、双剣を構えほたるの後を追うようにして庭へ出た。
そして後ろ手に戸を音を立てないように静かに閉じた。

月光が刃に緩やかな曲線を描く。
互いの乱れた呼吸の音だけが頭を揺さぶる。
どれだけの時間、刀を交えたのだろう。
ほたるも私も血を一筋も流していない。
さすがは四聖天を名乗っいいただけのことはあるなと私はほたるの剣筋をかわしながら嬉しさに頬を緩めた。
だが私の望みを叶えるには―血化粧を施してもらうには彼に血を流してもらわなくてはならない。
「夢氷月天!」
ほたるがそれを上手くかわす。
が、砕けた破片が再びほたるへと襲い掛かる。
ほたるの額に一番大きな破片が当たった。
額を覆う布の裂け目から流れ出す紅く潤った血液…
(やっぱり綺麗だ…)
ほたるを際立たせる赤い色。
彼の鋭い眼差しがなお一層映える。
「…やってくれたね」
ほたるはそう言うと袖口でぐいと擦り、唾を地面に吐き棄てた。
「血化粧はしないんですか?」
私が震える声でそう言った瞬間、ほたるが凄い目付きで睨みつけたかと思うと、彼は刀を放りだして私に詰め寄ってきていた。
私としたことが油断した。
再び刀を構える間もなくほたるの伸ばしてきた両手に絡め捕えられる。
ほたるの体温が私の冷えた首に直接触れる。
「…そんなに死にたい?」
ほたるはそう言うと緩く掴んでいた私の首を今度は握り潰すほどの力を持って締め付けてきた。
「くっ…」
苦しい。
思うように空気を吸い込む事ができない。
肺が酸素をよこせと悲鳴を上げている。
「血化粧をしたオレがどうなるか、四聖天のアキラならよく知ってるじゃない・・・・?」
血化粧をしたほたるは冷酷な暗殺機械に変化する。
「か・・・はっ」
ほたるは片腕で私を吊り下げると何の感情もこもらない目で苦しむ様を見つめる。
ドサッ
ほたるは急に私を放った。
座り込んで咳き込む私を、何もせずただじっと見下ろしている。
私の息が整う頃合を見計らっていたのか、ほたるはようやく口を開いた。その声は微かに震え、言いようの無い怒気が込められていた。
「アキラを殺すのにオレが血化粧したくないワケ、分かる?」
私はただ単に血化粧をしたほたるが見たいと思って言っただけだ。
それ以上の考えもなかった私に、ほたるの考えなど分かるはずもない。ましてや怒りの原因など・・・・。
「・・・・いいえ」
私は空を仰ぎ見るほたるの切なげな横顔をまだ痛む喉元を押さえながら見上げて言った。
「かりにアキラを殺す事になったとしても、俺はアキラの相手のときだけは絶対に血化粧をするつもりないから・・・」
「それは・・・私には・・・それだけの力も無いと言う事ですか?血化粧を施す必要も無いと・・・」
私は悔しさに唇を噛み締めてほたるに問うた。
怒り半分、寂しさ半分に。
「ちがう」
ほたるは私の目を正面から捕えると、少し辛そうな声で言った。
「血化粧をした俺はアキラの知っている通り“暗殺機械”。“生き物”じゃない・・・・・」
「それは・・・・・・」
私にはそう言ったほたるが酷く哀しげに思えた。
そんな彼に返す言葉を私は見つける事ができず、言葉を詰まらせた。
「オレはアキラの事を殺すなら機械じゃなくてほたるとして殺したい。それが、理由」
そう言うとほたるは屈み込んで私の傍らに膝立ちすると、右手を先程まで締め付けていた私の首元へと伸ばしてきた。
ほたるの息がうなじにかかる。
「いっ・・・・・!何するんですか!!」
ほたるの答えに感動していたのに・・・・それにわざわざ水を指しますか!?あろうことかほたるは私の首筋に噛み付いてきたんですよ!
「痕、付いちゃったね」
「それは、まあ…アレだけきつく締め付けられれば痣の一つや二つ、付いてしまっても仕方ないでしょう」
夜目にもくっきりと浮かび上がる紫色の痣。
「きえるかな」
「消えてくれないと困ります…ほたる?」
ほたるは彼の台詞に半ば呆れて言った私の首に緩く両腕を巻きつけてきた。肩に顔を埋めるとほたるはもごもごと何事かを口にした。
「…なんです?」
その言葉を聞き取れないもどかしさに私はほたるにはっきりと言うように促した。
「…首の痕が消えちゃっても、俺の存在をアキラの中から消さないで…?」
「えっ」
予想だにしなかったその言葉に私は驚く。
「何故そんな事……第一、突拍子も無さ過ぎやしませんか?」
そんなことないよ、とほたるは言葉を続ける。
「オレはどうしようもなくサムライだから…あんなこと言われたら…言われなくってもいつか本当にアキラを殺しちゃうかもしれない」
「それは…そうですね。私も、そうかもしれません」
私も貴方も人である前にサムライですからね…。心の中で私はそう続けた。
侍で無い普通の人たちならばきっと『そんなことない』と口をそろえて言うでしょう。『サムライである前に一人の人なのだ』と。それは間違い。
「先のことなんて分からないからね」
「ええ」
互いの口元に淡い笑みが浮かぶ。
「だから」

たとえ命尽きようともその記憶 魂に刻み付けていよう

「……忘れたりなんかしませんよ」
「ありがと」
「貴方こそ、忘れたりなんかしないで下さいね?本当に忘れっぽいんですから」
「うん」
ほたるの震える肩に手を添える。ほたるも私の肩を抱いてきた。穏やかな抱擁。深い口付け。
少し乱れた呼吸を整えながら私はほたるの胸に耳を当ててでもね、これだけは言わせて下さい、と呟く。
私の小さな声にほたるは何?と首を傾げて聞き返してきた。
そんなひとつの仕種だけで貴方はこんなにも私を嬉しくさせる。
「血化粧をして戦う貴方の姿は、本当に綺麗なんですよ…?」
今、月光を背に私を見てくれるその惚けた表情さえも……。
「…アキラの笑顔の方が数倍綺麗だよ」
「なっ…!」
今度は可愛くなったとほたる。
「いい加減にしてください!!」
まったく…ほたる、貴方は自分の言葉がどれほどの力を持っているか知らないでしょう?
私との戦いで血化粧をしたくないという貴方の言葉……残念な気もしますが、本当に嬉しかったんですよ…?
忘れたりなんかしません。貴方の存在はもちろん、貴方の言葉一つ一つさえも…。
そう。私が…或いは貴方が息を引き取るその瞬間まで、貴方の存在は私に刻み込まれ続けるのですから…………。
作品名:記憶の彫刻 作家名:ショウ