富松と浦風
陽気で眩しい位の川辺でゆっくりと時を過ごせたらと思う。だが今はそんなことをしている場合ではない。
作兵衛の数歩前を早足で歩く姿――それを追うのに必死だった。
先行く藤内の長い髪が揺れる。
早く追い付いて隣に並びたいのに彼はそうさせてくれない。作兵衛は情けない顔で声をかけた。
「藤内どうしたんだ?何か怒ってんのか?」
しかし藤内は少しもこちらを向いてくれない。作兵衛を振り払うように竹林へと踏み込み、高く伸びる竹が作兵衛と藤内の間を阻んだ。
「もしかしてあいつを気にしてんのか」
少しで小走りになりながら作兵衛は言う。
「あいつならただの幼なじみだって」
「……」
それを聞いた藤内の足がようやく止まった。草履の先が作兵衛に向く。
ジロリと見上げてくる目が少し怖い。
何かを言いたげに藤内の口が開き、そして再び閉じた。ついには深いため息を吐く。
「ああ、わかってるよ」
眉間に寄るしわは取れないまま、藤内が作兵衛の隣に並んだ。
「…こんなときに駄々なんてこねるもんじゃないしな」
「え?」
ぼそりと呟かれた声は聞き取れなかった。
「それより早くこのバイトを終わらせよう」
藤内がするりと苦無を取り出した。
「『身代わり』の俺達をつけてきた輩がいるみたいだ」
途端に彼の纏う空気が変わる。
「……!」
咄嗟に作兵衛は手裏剣を打った。しかしそれは小気味よい音を立てて竹に刺さる。
「ちっ、外した…!」
「作兵衛こっちだ!」
襲ってくる敵に二人は逃げ出す。予想されていた戦闘に準備は整っていた。
「――相変わらず作法はえげつねぇのな」
頬に垂れた汗を拭いながら作兵衛は言った。
敵は皆藤内が仕掛けていた罠にかかっていた。
作兵衛は、ぱらぱらと落ちてくる自分の髪をうっとおしくかき上げる。
「髪、せっかくのばしていたのになぁ」
藤内が言った。
作兵衛の髪は敵の飛苦無に切られてしまっていた。
「お、おう。でもまぁ、べべべ別に」
先程までは少しも近くに寄ろうとしていなかった藤内が、気がつけば触れんばかりの距離にいた。作兵衛の頭に血が上る。
「この長さだと一つに結うの難しいかもな」
「なななんとかなるだろ!」
「そうか?」
藤内は慌て出した作兵衛を怪訝そうに見上げる。
「…まぁ、一つは無理でも二つには結えるか」
「え」
「後でツインテールに結ってやるよ」
にこりと笑う藤内が少しだけ怖く感じた。