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とある男の告白

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それはひどい雷雨のことだった。町はずれのこの教会に一人の男が訪ねてきた。
背はそんなに高くはなく、やせ型で年は20代前半くらいだった。ひどくずぶぬれな格好で高そうなスーツはでろでろに濡れていた。そんなことも気にならないほど柔らかな笑みを浮かべ、僕に「少し祈祷室を貸してください」といった。
僕が大聖殿のすぐ横にある部屋に案内すると彼はまたさわやかに笑い僕にお礼を言った。私が部屋から出ると彼は静かに祈り始めた。

主よ、私は人を殺めました。自らの手で愛する人を殺めその血肉を食しました。
私には弟がいました。彼はとても臆病な性格でしたが、とても優しく賢い子でした。毎日野良猫に餌をやってはやわらかく笑うのが印象的な子でした。私は彼の優しさや賢さに誇りをもっておりました。自慢の弟でした。私の前で口を開く声が、私にだけ向けられる無邪気な笑顔がとても好きでした。
高等学校くらいの時でしょうか、まじめで優しい彼は徐々に周りから頼りにされ始め、友達がだんだんと増えていきました。私はそれをうれしく思う反面とても憎らしく感じました。私にだにけ向けられた声が、笑顔が、他の誰かにも平等に向けられたいることに私には耐えがたく感じたのです。
ある日私は彼の悪いうわさを流し彼を孤立させることに成功し、彼のたった一人の味方という立場に戻ることができました。その頃には私が彼に抱く感情は兄弟という関係性では決して許されない感情でした。しかし私を頼りにしている。ひどく甘えている。そんな彼を私は自分でも制御できないほど愛してしまっていたのです。私は勇気を振り絞り、彼に私の思いを打ち明けました。すると彼も私の思いにこたえてくれたのです。私たちは毎日口づけをかわし、愛し合いました。それは徐々に周りにも気付かれていきました。
世界は私たちに優しくありませんでした。常に罵詈雑言を浴びせられ好奇の目で見られ、石を投げられました。そんな折に彼が私に言いました。「別れよう」と「男同士で、しかも兄弟の僕らが愛し合うなんておかしい。聖書にも反する僕らを認めてくれる場所なんてどこにもない。」と彼は弁護士を目指していたから世間体をひどく恐れていた。私は彼に理由を聞いたが彼は泣きながらうつむくだけでした。私たちが幸せになる方法なんてどこを探しても見つからなかったのです。愛し合うときのようにひとつになれたらいいのに。そう思ってからはもう機械的なものでした。
彼をベッドに引きずり込み、何度も深く深く愛しました。彼が泣いて声が枯れるほど何度も何度も何度も何度も深く深く愛しました。そして彼に深く口付けをしながらナイフで何度も何度も深く心臓を刺しました。彼の口からこぼれる息を私に運びながら冷たくなっていく彼と愛し続けました。その後彼のすべてを私が食べました。肉と骨はシチューに血はシャーベットにして余すところなく彼を食べました。
だから私は不幸ではありません。だって私の中に彼がいる。私とともに彼は生きているのだから。なぜ私はこんな告白をしているのでしょうか。決して許しを得たくてしているわけではございません。弟を愛したことも、殺めたことも食したことも彼と私を繋ぐ絆なのだからこの罪は、この罪だけは誰一人裁くことは許さない。それがたとえ神さえも私と彼のその罪は許すことも裁くことも認めはしない‼‼ただそれだけです。この腐りきった世界にあなたのご加護があらんことを。アーメン。
 
彼が静かに部屋から出てきた。彼はお布施を済ませるとくるりと僕の方に振り向いた。
「何かあったら力になりますよ」
そう言って一枚の名刺をくれた。彼は大きな町で弁護士をしているらしく、名前はマツノカラマツというらしい。
こんな地味な子供にもこんなものをくれるなんて変な人だな。そう思って彼の方を見るともう外に出てしまったらしい。
外はまだ雷が響いていた。
作品名:とある男の告白 作家名:桜菟