サーカス
あおいへや
この部屋には何もない。
青葉君がきた、彼は僕の後輩だ。
先輩、この部屋には窓も、扉も、色も、なにもないですから、僕が色を塗りますね。
青葉君は部屋を青く染めていく、白い右手の中心には紅い染みが滲んでいる。紅白の掌が、青く、青く部屋を染めていく。
青葉君、魚がいるよ。
色斑を僕は指差した。重い鎖がじゃらりと音を立てた。
本当だ。鮫がいますね、先輩。
青葉君はこの魚を鮫だと言った。青い海に鮫が産まれた。
泳いだりしないのかな、じゃらじゃらと僕の鎖は音を立てる。
泳がせますよ、先輩。
さらさらと青葉君が手を振ると、鮫は大きく動き始めた。ゆらり、身を翻し鮫はゆったりと室内を回遊する。
ほら、先輩見てください。
白い掌を動かせば、鮫はそれに従い動き始める。
椅子の下を大きな魚影が潜っていき、右手を挙げた青葉にならない飛沫をあげて鮫は跳ねる。
うわっ、凄い。青葉君、あれやって
はい、先輩、仰せの通りに
青葉君の掌が、僕の望むとおりに鮫を動かしていく。
先輩、楽しそうですね。
本日のショーはお楽しみ頂けましたか?
青葉君は紅く滲む掌を振った。
臨也さんが来た。臨也さんは、僕の……なんだろう?
帝人君、今日はなにがしたい?
お話しをしてください
いつも、それだね、君は、いいよ。
臨也さんはお話しをしてくれる。その話はいつだって楽しい。
楽しい話、悲しい話、悔しい話、面白い話、むかつく話、笑える話、泣かせる話、恋の話、歪んだ話、不思議な話、はなし、はなし、はなし。
臨也さんが話を紡ぐと、なにもない部屋に人影が現れる。影絵みたいなそれが、話に合わせて芝居を見せる。
楽しいかい? 帝人君
はい、面白いです。臨也さん
僕はじゃらじゃら音を立てながら手を叩く、見上げた臨也さんの顔はにやりと歪んだ。
白いファーのついたコートはまるでマントみたいだ。青い部屋で一つだけの色、黒。
貴公子みたいに恭しくも腰掛けた僕の前に膝をついた。
とっておきのお話しをしてあげる
なんですか?
君が王様になる話だよ
手品師みたいに手を動かすと、小さな王冠が現れた。僕の頭にそれが乗る。
それでは、この後のお話しもお楽しみ下さい。
恭しく道化師は一礼した。
この部屋にはなにもない。
色も、壁も、窓も、床も、扉も、椅子も、鎖も、枷も、なにもない。
部屋すらもない。
あるのはただ街だけ