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清く、正しく、美しく

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そして明くる日の昼下がり、文次郎はといえば自室で残った会計委員の書類を処理していた。
算盤をはじき、計算の間違いを洗い出す。
このごろは皆計算にも慣れたようで、特に団蔵や佐吉は委員会に入りたての頃よりもずっと精度を上げていた。
委員長として、彼らの成長ぶりは純粋に嬉しかった。
紙面を眺め、微笑ましい心持ちに浸っていたところで、
ふと床でごろごろしていた仙蔵が口を開いた。

「なあ文次郎、田村は可愛いな」

唐突に理由もわからず気まずくなってしまった相手の名前を出され、
文次郎は茶を飲もうと手に持っていた湯のみを落としかけた。

「…なんだ急に!」
「いやな、昨日の変装の授業の様子を見かけてそう思ったんだよ」

目をしみじみと細め、仙蔵は言った。それなら自分だってそう思う。
特に、昨日の三木ヱ門のおなご姿といったら。
昨日のおつかいは正直面倒だったが、おなご姿の三木ヱ門と一緒に行動できるなら行ってもいい、ちょっとした逢い引きのようではないか。
そんな下心が無かったと言えば噓になる。


実際に、文次郎は浮かれていたのだ。顔や態度に出ていたかどうかは別としても。
三木ヱ門とて行きは疲れた顔をしていたもののそれなりに楽しんでいる様子があった。
けれど何があったのか、帰り際には三木ヱ門はひどく仏頂面をしていた。
どうして彼が機嫌を悪くしたのか文次郎には心当たりがなく、
どう声をかけていいか判断に困り帰り道は二人黙りこくったまま歩いたのである。
それから夕飯時、三木ヱ門に食堂で会い席を譲った時も、礼を言われこそしたものの三木ヱ門は文次郎の目を見てはいなかった。

「なんだかお前と似たものを感じたよ、なあ文次郎?」
「どういうことだ」
「いやな、田村は変装の成績があまり芳しくなく落ち込んでいたらしいじゃないか。昨日食堂で見かけた時なんて明らかにしょぼくれていたし。
田村は自分で自分のことをあまり評価していないようだし実際変装の成績もよくはないようだが、しかと見ていろ、きっと今に見違えるほどになるぞ」


仙蔵の目にはどういう三木ヱ門の未来像が映っているのだろうか。
だが仙蔵の言うことだ、あながち噓ではないだろう。
きっと近い未来にそうなるだろう。その時にはもう自分たちは卒業して彼の成長した姿を見ることは叶わないかもしれないが。

「昨日は一緒に出かけられて嬉しかったんだろう?だったらちゃんと捕まえておけよ。
あいつがひらりと手からすり抜けていったその時に後悔しても遅いからな、文次郎。
手の届かないところに行ってしまったら、もう捕まえることなんて出来ないだろうよ」

仙蔵の言葉はもっともで、実に的を得ていたから耳に痛い。
文次郎とて三木ヱ門を手放す気は更々無かった。
だが、昨日から三木ヱ門は機嫌が悪くしかも目さえ合わせてもらえないのだ。

「そうしたいのはやまやまなんだがなあ…茶屋からの帰り道や夜に食堂で会った時、ものすごく機嫌が悪かったんだよな、田村。ううむ、どうしたものか」

文次郎は頭を抱えた。機嫌を悪くした原因がわからなければ解決のしようも無い。


「ははは、お姫様だなあまったく」
「うるせえ!」

からからと仙蔵が笑い、それから文次郎の手元をずいと覗き込んだ。

「そういえばどうしたんだその手紙」
「ああ、これか?昨日茶屋の娘から留三郎に預かったんだ。おそらく恋文だと思う」

忘れていた、留三郎に渡してやらないと娘も浮かばれないだろうに。
丁寧に封のされた、可愛らしい手紙。
仙蔵はその手紙をまじまじと眺めると、何か合点がいったらしくにやりと笑った。

「ははん、そうか、わかったぞ」
「何がだ」
「お前には教えてやらんよ野暮天、自分で考えろ。
それよりその手紙を留三郎に早く渡しに行ってやれ」
「おう、じゃあ手紙を渡してくる」