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皇族探偵馬子の事件簿

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「たたた、大変でおじゃるっ」
 宮禁の静ひつな空気をやぶり、若い刀禰(とね)が中雀門から駆け込んできた。こけつまろびつ口から泡を吹いている。柴垣宮に居合わせた諸臣たちは、なにごとかとみなそのほうを振り返った。
「おっ、おっ、おっ」
 刀禰はおこりを病んだようにブルブルと震えていた。
「これ、落ち着いてしゃべらぬか」
 祭祀の準備をしていた忌部宿禰(いんべのすくね)がなだめるように言った。そこで刀禰はようやく息をつき、喉につかえていた言葉を吐き出した。
「大王(おおきみ)が……大王がお隠れあそばされたっ」
 一瞬の沈黙のあと、忌部宿禰は自失したようにうわずった声をあげた。
「――い、今なんと申された?」
「大王がなにものかに弑虐(しいぎゃく)なされたのでおじゃる。ああ、おいたわしや……」
 刀禰はその場にひざまずいてワアワア泣きだした。
 たちまち宮中が騒然となった。
――皇紀一二五二年、崇峻天皇崩御。
 その日、天皇は「東国の調」の儀式をおこなうため倉梯(くらはし)の宮から、畝傍山(うねびやま)のふもとにある久米御縣神社(くめのみあがたじんじゃ)へと出御(しゅつぎょ)していた。東国より届けられた調をあらためるためである。ちなみに調とは今でいう法人事業税のようなもので、絹や麻などの産物で納めることになっていた。そこで使旨の奏上を受けた天皇は、調物を確認するため舎人(とねり)を一人ともない正倉のなかへ入っていった。
 異変が起きたのはその直後のことである。
 凄まじい悲鳴がおこり儀式を取り仕切っていた大臣(おおおみ)が衛士をひきつれなかへ踏み込んでみると、天皇が舎人ともども斬り殺されていたのである。
 柴垣宮へ居残っていた皇族・諸臣たちは取るものも取りあえず馬で駆けだした。
「とっ、とにかく大王のご遺体を倉梯へお移したてまつらねば」
 到着すると、御縣神社の境内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。皇族たちが正倉へと駆けつけると、扉のまえにマツコ・デラックスそっくりの巨漢が立ちはだかっていた。
 大臣、蘇我馬子(そがのうまこ)である。
「今あたしが現場検証してる最中だから、ここは立ち入り禁止よ」
「う、馬子さま、大王はなにゆえ殺害なされたのでおじゃる」
「そんなのあたしに訊いたってわかんないわよゥ。倉のなかにはだれもいなかったしー、ひとの出入りもなかったー。これって世に言う密室殺人じゃない?」
 調物をはこび入れた正倉はいわゆる高床式というやつで、四本の掘っ立て柱によって地面から持ちあげられていた。切妻の天井も吹き抜けになっていて、人間が隠れられそうな場所はどこにもない。
「大王に恨みを抱いてるだれかのしわざだとは思うんだけどー、犯人の見当もつかないのよねー」
 それを聞いた全員がいっせいに「恨みを抱いてたのは、おめーじゃねーかよ」という顔で馬子のほうを見た。
 少しまえのことである。
 崇峻天皇の食卓に豚の丸焼きが供されたことがあった。そのとき天皇は「うぬぬ、この丸々と太った姿はだれかにそっくりではないか。この忌々しいオカマめっ、このっ、このっ」
 といって豚の目玉を何度も箸で突き刺したという。どうやら天皇は、大臣として絶対的な権力を掌握する馬子のことをひどく嫌っていたらしい。
 この話を聞いた馬子は、それはもう凄まじいヒステリーを起こした。馬子のヒステリーは恐ろしいことで有名である。事実、彼の逆鱗に触れて誅殺された皇族や豪族は、物部守屋や穴穂部皇子をはじめ数えあげれば枚挙にいとまがない。
「なによあんたら、あたしに文句でもあんの?」
 馬子にギロリと睥睨されて全員が押し黙った。ひとたび彼に目をつけられれば命の保証はないのだ。
「あ、馬子姐さん、お役目ご苦労さまです」
 そのとき人垣を押し分け、輝くような美貌の少年があらわれた。厩戸皇子(うまやどのみこ)である。ビジュアル的には、少年時代の岡田将生に女の子のメイクをほどこした姿を思い描いていただきたい。
「あらミコちゃんじゃないの。あんた相変わらず綺麗な顔してるわねえ。でもいいこと、オカマの値打ちはルックスだけで決まるんじゃなくってよ」
「わかってますって」
 厩戸皇子と馬子は、文字どおり「ウマ」が合う仲である。ニコニコ笑いながら近づいてきた彼は、絶対権力者の馬子に対して怖じる様子もなく尋ねてきた。
「……この事件の黒幕って、もしかして姐さんですか?」
「しっ!」
 どぎついリップカラーの唇に人さし指を当ててから、馬子が声をひそめて言った。
「そうよゥ、あたしが弑いしたてまつっちゃったのよー」
「でも、なんでそんなことしたんです?」
「だって大王ったら、あたしのこと豚に例えたのよ。ナメくさるんじゃないわよって話よね」
「もう、しょうがないなあ。ちょっとくらい腹が立ったからって殺しちゃダメですよ。皇位継承の根回しとか色々たいへんなんですから」
「ふーんだ」
 そのとき若い男がふたり正倉へ近づいてくるのが見えた。
「なんでしょう。ガラの悪いのが来ましたけど」
「週刊誌なら、あとで記者会見ひらくからってウソついて帰ってもらってね」
 やって来たうちの柴田恭兵に似た男が気取ったポーズで言った。
「あのすいません、ちょっと事件現場を見せてもらってもいいスか」
「なによ、あんたたち」
「こういうもんです」
 となりの、舘ひろし似のほうが黒革の手帳をチラっと見せた。
「検非違使(けびいし)ィ? あんたたち時代考証ってものを完璧に無視してくれちゃってるわね」
 馬子の抗議を無視して、ふたりの男は「失礼」と倉の中へ入っていった。崇峻天皇の遺体のそばにしゃがみ込む。
「ガイシャの胸を刃物でひと突き……か」
「銀星会のしわざかな?」
「いや、防御創がないところを見ると顔見知りによる犯行だろう」
「そうか、じゃあ俺は交友関係を洗ってみるから、おまえ銀星会へガサ入れてこい」
「だから銀星会は関係ないって」
 などと話し合っていると、馬子がズカズカ乗り込んできた。
「ちょっともういいでしょ。これから大王のご遺体を倉梯宮へお移したてまつらなきゃなんないのよ」
「え、困るなあ、死体はこっちで司法解剖することになってるんだけど」
「ばか言ってんじゃないわよ」
 倉の外にはすでに崇峻天皇の遺体を運ぶ牛車が用意されている。
 すると舘ひろし似がもうひとつの死体を指さして言った。
「ところで、こいつだれです?」
 馬子が答えた。
「彼は東漢駒(やまとのあやのこま)といって大王の側近なのよ。かわいそうにねー、暗殺の巻き添えを食っちゃってさ」
 東漢駒という男は、高倉健そっくりの顔をしていた。その死体へ近づいて舘ひろし似がまぶたをひっくり返したり、ボールペンの先で頬っぺたつついたりしている。
 と突然、死体がくしゃみをした。
「へくしっ!」
「あ、こいつ生きてやがる」
「さては、おまえが犯人だな」
 柴田恭兵と舘ひろし似が、死体をボカスカ蹴りはじめた。たまらず東漢駒が「うっ」と呻いて、からだをくの字に折り曲げる。
「まったく太てェやろうだ」
「おまえ銀星会のヒットマンだろ」
「署へ引っ張っていって泥を吐かせてやるぞ」