いずれくる日
そう口にした彼女はいつもの、シモンのよく知る彼女だった。だからまた絶対に元通りになれるはずだと確信した。しかしそれでも何かに分解されるかのように虚空に解けて消えて行く彼女の姿を目にするとやりきれない悔しさが体中を満たすのだった。
「ニアァァァァァ――!」
絶対に取り戻す。ニアも、地上全ての未来も。
自分の声に驚いて目を開ける。青い空に伸ばした手はもちろん太陽を掴めるはずもなく、一体何を掴もうとしていたのかさえも覚めてしまえばもう思い出すことはできない。ただ胸に残る思いだけが心を締め付ける。
そしてすぐ目の前にはきょとんとした彼女がいた。
「はい、なんでしょう?」
シモンの顔を覗きこんでにこにこと問う。それはニアの父でもある螺旋王の元へと向かう旅の途中の、ある午後のことだった。
「ニ、ア……?」
「はい。ニアです」
ふわっと笑って肯定され、やっとこちらが現実なのだと理解して安堵する。ニアはちゃんとここにいるのだ。短い髪を風に揺らして笑っている。
「どうしたのシモン。ずいぶんうなされていたみたいだけれど」
「ああ、なんか変な夢を見て……」
「夢?」
ニアはことんと不思議そうに首を傾げる。その仕草に「夢って一体なんですか?」とでも聞かれるかと身構えたが流石にそんなことはなかった。
「どんな夢を見たのですか?」
そりゃあいくらニアがお姫様でも夢くらい見るだろうしそれくらい知っているよなあと妙なことに感心する。そういえばニアは普段どんな夢を見るのだろうと興味が沸いたが、今ここでそれを尋ねるのはあまりにも会話に脈絡がない気がしたのでとりあえずシモンは自分が見た夢の内容を語り始めた。
「なんかよくわかんなかったんだけど、ニアがいなくなる夢だったような気がする。攫われた……のかな。すごく、嫌な夢だった」
夢の中の自分とニアはとても難しい話をしていて今のシモンにはさっぱり理解できなかった。わかったことといえば自分たちは大人になっていて、それでもまだグレンラガンに乗っていて、ニアだけが優しい変化の流れから離れてどこか遠くへいってしまおうとしているのだということだけだ。
「それでシモンはわたしのことを呼んだのね」
ニアは笑って、まだ大空へ向けて伸ばされたままだったシモンの手をそっと優しく包み込んだ。
「大丈夫です。シモンは何も心配することありません」
その声は絶対的な確信に満ちていた。カミナを失い駄目になってしまったシモンを励ましてくれたときと同じ声音だ。あの時ニアの存在にシモンがどれだけ救われていたのか、ニアはきっと知らないだろう。
「ああ、そうだな。夢は夢だよな」
「いいえ、違います」
ニアは首を振り、こう続けた。
「シモンなら何があってもわたしのことを迎えに来てくれるからです。いつだってシモンは誰よりも最初にわたしを助けに来てくれました。そうでしょう?」
そうして初めて出会った日から今日までのことを、ニアは一つ一つとても大切な思い出を辿るかのように挙げていった。実際それらはニアにとって大切な日々の欠片の一つなのだろう。怖い目にだってたくさんあっただろうに、それすらも全て等しく宝物のように抱きしめているのだ。
「だからシモンなら大丈夫です。シモンがなんとかしたいって思うなら、絶対になんとかなります」
いつだってニアはそうだ。シモン自身よりもシモンのことを信じてくれている。だからシモンも自分のことを信じることができるのだ。もしもニアがいなかったなら、自分は今もまだ穴を掘るしか脳のないつまらない人間だっただろうと思う。
「ありがとう、ニア」
出会ってくれたこと、励ましてくれたこと、信じてくれたこと、側にいてくれること。百万の言葉を尽くしてもまだ足りないくらい感謝している。シモンにとって彼女は暗い土の中で見つけた一粒の宝石のような尊い存在なのだ。
だから。
「この先絶対何があっても、俺はニアのことを守るよ」
たとえこの先どんな未来が訪れたとしても、この誓いだけは絶対に守り通す。