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第三部 1(101) プロローグ

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ラトビア、リガのソビエト領事として赴任していたミハイロフ一家は、今年15になる下の娘の進路で母親と当事者の娘がもう幾日も揉めていた。

「駄目よ!絶対許しません」

「何故?どうして?お母さん!」

「お母さんは、あなたがバレエの道に進むのは反対しません。だけど、ボリショイは…モスクワだけは許しません。他なら、パリオペラ座でもウィーン歌劇場でも、英国ヴィック・ウェルズ・バレエでも…どこでもいいけど、ロシア国内に帰るのだけは、駄目よ!」

「どうして?バレエの本場は、ロシアだよ⁈何故わざわざ後進国の学校へ行かなければならないの?なんで自分の国のバレエ学校に通うのが駄目なの?ねえ、答えて⁉お母さん!」

娘の涙ながらの訴えに、ユリウスは思わず娘の顔を真っ直ぐ見ることが出来ず、顔を背ける。
しかし、それでも厳然と

「駄目なものは駄目です。外国のバレエ学校に、入学願書を出さないのであれば、バレエの道を諦めて…家で花嫁修業でもなさい!」

そう言い放つと、それ以上は娘の懇願を一切受け付けず、部屋を出て行った。

ー どうして…。お母さん。何で私の進む道を邪魔するの?…兄さんには好きな道に進む事を許したのに…。どうしてネッタだけは、駄目なの?…お母さんは私の事が嫌いなの?

泣きべそをかきながら自室に戻ったネッタ―、アルラウネはベッドの上で膝を抱えて涙に暮れた。

結局いくらネッタが泣こうと訴えようと母ユリアは頑として譲らず、母を説得出来なかったネッタとしてもこのまま一年を無駄に棒にふる訳にも行かず、不本意ながらも英国ヴィック・ウェルズ・バレエスクールの入学試験を受け、新学期から、イギリス、ロンドンでバレエを学ぶ事となった。
ロンドンには、同じ名前を持つ伯母、アルラウネが後見として同居する事となった。
不本意な進路で失意に暮れるネッタに対して、母のユリウスは、なぜか娘のイギリス行きにホッとしているようだった。
そんな母を見るにつけ、ネッタの心に悔しさと母に対する憤り、そして自分を認めてくれない母親への失望感が込み上げてくる。

ー お母さんと私は…理解しあえない。

まだまだ幼い娘は、失意の中でそう結論を下した。

ラトビアからイギリスへ発つ日。
伯母に付き添われた15の少女は、硬い表現で別れる母親の抱擁とキスを受けた。
彼女は、母にキスを返さなかった。
そんな娘の憤懣遣る方無い顔を、悲しそうな顔で母は見送った。

この時から、母ユリアと娘アルラウネ―、ネッタの長い感情のすれ違いが始まった。