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夕景

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居間、と呼ばれるスペースで座卓という名のテーブルに向かって長い時間に渡り、日本は書類と格闘していた。
 なんで書斎という部屋に行かないのかと疑問をぶつければ、今日はこの部屋の気分だから、というプロイセンには理解しがたい返答が返って来るのみ。
 庭が広いせいか、周辺の騒音も遠い。縁側に吊した風鈴というやつが涼しい音を立てる。それ以外には、紙の上をペンが走るカリカリという音だけが響いてるだけだった。
 することが無いプロイセンは、テーブルを挟んだ日本の向かい合わせの位置にあぐらを掻いて座り込んだまま、書庫から勝手に持ち出してきた日本の書物を読みふける。
 この家に来るといつもこのようにして過ごしていた。家主の気質からの影響か、ここでは時間の流れがゆっくりと穏やかに感じられる。この空間が、プロイセンは気に入っていた。

 日差しがゆっくりと傾いていく。西陽が開け放たれた障子戸の向こうに広がる庭を朱く染めていく。
 少し、風が冷たくなってきただろうか。

「先ほどから、何を読まれているんです?」
 一息吐いたのか、日本が興味深げにプロイセンに問うてきた。プロイセンは無言のまま表紙を見せる。そこに書かれた文字と絵。日本が焦りと羞恥に顔を引き攣らせた。それは、所謂「春画」という本。
「何を真面目くさった顔で読んでるんですか!?」
「にやにやして読んでも気持ち悪りぃだろ」
「真面目に読まれても困ります! っていうか、返してください!」
「まだ読み終わってねぇ」
「読み終えなくて結構!」
「お前んとこは、開国するまでは本当に何でも有りだなぁ」
「ちょっと、黙ってください!」
「なんでこう、いちいち芸術レベルまで押し上げようとするのか。いっそ感動ものだぜ」
「そういうのを見て、芸術だと判断するのはドイツさんとプロイセンさんだけですよ!」
「あ? ヴェストも同じ反応か?」
 プロイセンが愉快そうに聞き返す。
「ドイツさんはその…見るなり、思いっきり硬直されてました。……緊縛師の本には興味がお有りのようでしたが」
「き、緊縛…ね…」
 微妙な顔をして動きの止まってしまったプロイセンの手から、日本は素早く本を取り上げた。
「あー! まだ読み終わってねぇって!」
「だから、読み終わらなくて結構です! 何がそんなに面白いんですか!」
「四十八手とかいうやつをマスターしてみようかって思ってな」
「―――…っ」
 慌てて日本が本の中身を確認してみれば、まさにその手の指南書だった。
 反応に困り果て、わなわなと体を震わせるだけの日本の後ろに、何を思ったのかプロイセンが移動してくる。そのまま日本を抱き込むようにして再び座り込んだ。
「お前、それ全部、今日中に仕上げないとまずい急ぎの仕事か?」
「は?」
 いきなりの話題の変貌に一瞬付いていけない。
「…いえ、急ぎのものはもう終えてます。ただ、何となく、いつ何が起きてもいいようにと…」
「お前さ、何を焦ってんだ」
「焦りなど…」
「焦ってんよ」
 後ろからぺしんっと額を叩かれる。日本は額を手で押さえつつ、背後にへばりついているプロイセンを振り返りながら睨んだ。が、それ以上の抵抗はする気が起きなかったらしい。
 自嘲気味な表情を浮かべたかと思えば、盛大な溜め息を吐いた。
「何だよ?」
 溜め息の意味が分からずに、プロイセンが日本の肩に顎を乗せながら聞いてくる。
「……もう、大戦の時のような失策は取りたくないのですよ。終盤は、もう、全てが後手後手だった。上層部の暴走すら止められず…。降伏の機すら見誤った」
「……」
 顔を上げたプロイセンが、今度はその肩に額をごりごり押し付けてくる。
「………半世紀以上も経つというのに、国土を国民を守りきれなかったことが、怖くて仕方がないんです。おかしいでしょう…?」
 不意に、プロイセンは押し付けていた額を離したかと思えば、無言のまま左手で日本の両目を覆った。そのまま自分の方へと引き寄せる。日本はされるがままで、プロイセンに凭れ掛かった。やはり疲れているのだろうか。
「明日出来ることは明日やれ。お前、最近、まともに寝てねぇだろ」
「この時期は…夏の晴れた日は、どうしてもいけませんね。悪夢ばかり見てしまう…」
「なら、今から少し寝ろ」
「…眠っても、大丈夫でしょうか…」
「嫌な夢ばっか見るっつうなら、そんときゃ、俺様が良い夢も悪い夢も全部叩き壊してやるってんだよ」
 お座なりな口調で言うプロイセンの言葉に、目を塞がれたままの日本の口元に微かな笑みが浮かぶ。
「そうですか。それは頼もしい」
「お前、俺様の言うこと信じてねぇだろ…?」
「ちゃんと聞いてますよ」
 感情の乏しい静かな声音に、プロイセンは小さく息を吐き出した。
「マジでやってやっから、寝ろ」
 目を塞いだまま、自分に凭れ掛けさせる日本の耳元でそう囁く。日本は僅かに身じろいだが、すぐに楽しげな笑いに変えた。
 目を塞ぐ左手が冷たく濡れる感触に気づくが、プロイセンは黙ったままでいた。
「あなたの声は、いつでも自信に溢れていて、聞いていて気持ちの良いものです」
 そう呟き、日本はふぅっと息を吐き出すと、ゆっくり全身から力を抜いていった。
「お言葉に、甘えさせて頂いても?」
「おーおー、甘えろ甘えろ」
「…ふふふ、本当に頼もしい。それでは、少しだけ、失礼させていただきます」
 そう言って、日本は本当に思いっきり後ろにいるプロイセンへと体重を掛けてやる。
 暖かい。ささくれだった感情が静まるのを意識する。
 本当に、このまま、眠っても大丈夫だろうか。

 今日は少しは心穏やかに眠れるだろうか。

作品名:夕景 作家名:氷崎冬花