妖夢の朧な夢日記-aoi
時間遡行は運命を変える
「……はっ」
目を覚ますと、そこはあの日見た悪夢……いいや、現実だった。咲夜が自ら命を断つ、満月の日の事。紅魔館でワイングラスを交わしあった日の事だった。目の前には、生きている咲夜。混乱している私を案じてか、不安そうな視線を向けている。
「ちょっとぼーっとしていただけよ。安心して」
「なら良かったのだけど……まぁ、気をつけてね」
金属の柵に肘をつきながら、紫がかった赤色の葡萄酒を呷る咲夜。月明りに照らされた姿は麗しく、この世のものでもないように感じた。けれど、あの世には絶対行かせないから。貴女を地獄送りになんかしない。自分が、命を失うことになったとしても。
「……ねぇ、妖夢」
「何、咲夜」
仄かに色づいてきた頬に、危機感を覚える。経験した覚えはない。本能的に感じたのだ。これからだ、と。
「私が死なない人間だとしたら、どうする?お嬢様が死んでも尚生き続ける怪物だったとしたら、どうする?……私は、どうすれば良い?」
そう言って、今にも泣きだしてしまいそうな彼女。私は白いテーブルの上に静かにグラスを置いて、彼女に駆け寄った。
「どうもしなくても良い。死ななくたって、実質的に生きていないと貴女が思ったって、咲夜は咲夜なんだから。咲夜を生きるのは咲夜だけど、咲夜を決めるのは私達。咲夜は咲夜でさえいてくれれば、それで良いんだから」
熱くなった頬に両手で触れてあげると、私の手に自らの手を重ねてきた。ぎゅ、と掌を掴まれる。
「妖夢……」
「だから、ずっと人間として笑っていてね」
「!……ええ」
今宵の満月は、私の生の中で一番美しいものとなるだろう。
作品名:妖夢の朧な夢日記-aoi 作家名:桜坂夢乃