小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ペルセポネの思惑

INDEX|10ページ/10ページ|

前のページ
 

10



 この母の手紙を読み終えた瞬間、俺は狂ってしまったのだろう。

 映美子は、結納直前で自分の手をスルリとすり抜けていった女の亡骸をその変質的な執念で厳馬が描こうとすることも、自分の亡骸が死蝋によって腐敗を免れることも、その死蝋化によって厳馬が絵を完成させられないことも、絵を完成させられないせいで精神に異常をきたしてしまうことも、それによって日夜自分の亡骸に厳馬が寄り添うようになることすらも、全て承知の上で首を括ったんだ。
 だからこそ、映美子は自分の縊死体を美しく着飾った。美しい振袖に身を包み、死の前になるべく食事を抜くことで排泄物の流出を押さえようとした。首を括るのも縄ではなく自ら選んだ帯で、もしかしたら踏み台の膳すらも、計算されたものだったのかもしれない。そのように、美しい縊死体を現出することで、アトリエと言う閉鎖空間で愛する厳馬と二人だけの空間を見事に作り上げた。腐敗しない死体と魂の抜けた生者。冥府のような村の暗い土蔵の中で、骸である映美子は冥府の女王となり、生きている冥府の王である厳馬はそれに傅いた。

 そこは、映美子にとって永久に想い人と寄り添える楽園だった。
 そこは、厳馬にとっても永久に美を追い求め続けられる楽園だった。

 映美子━━ペルセポネの思惑どおりに事は成った、かのように思えた。


 それを……、それを俺は焼き尽くしてしまった。自らの生命を投げ出してまで母が作り上げたものを……。そして……、幸福を謳歌し続けていた父すらも……。二人の完璧な理想郷を、何もわかってなかったこの俺が、跡形も無く……、焼き尽くしてしまった。取り返しのつかないことを俺は……。


 峰澤は、さめざめと泣き出していた。


 これ以降……、俺は人生に希望を失った。自らの罪に苛まれ続けて……、自暴自棄になり、仕事なんてどうでも良くなった……。それだけじゃない。俺の中に眠る映美子と厳馬の血が、あの楽園のなかで二人が感じていたような永遠の幸福と美を……、追い求めてやまないんだ。だが、俺にはそんな美しいものは……、もう手には入らない……んだ。


 峰澤は、この言葉の後突然ふらりと席を立ち、覚束ない足取りで店を出て行った。私は慌てて会計を済ませ峰澤の足取りを追う。しかし、その行方はようとしてわからなかった。


 数日後、近所で灯油をかぶり自ら火をつけたと思われる焼死体が発見された。恐らくこれが峰澤の末路だろう。根拠はないが、なぜかそう思った。

(了)
作品名:ペルセポネの思惑 作家名:六色塔