小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ペルセポネの思惑

INDEX|2ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 



 俺は、物心ついた時から両親がいなかった。祖父母に、何で両親がいないのかと訊ねても「良和が大きくなったら教えてやるからな」なんて言葉で、ずっとはぐらかされて育ってきたんだ。多分、祖父母は本音では「親のことなんか気にせず生きていけ」と言いたかったんだろうな。だが、小さい頃に俺の中に芽生え始めた疑問は、グングンと根を生やし枝葉を伸ばし続けていた。そして、就職して一年と少し、仕事も落ち着いたあの夏。俺は自分の両親の謎を知る為、実家へと舞い戻ったんだ。
 祖父は、もうすでに亡くなっていた。だから、今は実家に一人で暮らす祖母に、改めて両親の話を切り出したんだ。小さい頃優しかった祖母が、両親の話をしたときだけは鬼のように怖い顔になるのを、大人になったその時も同じように思い出した。だが、祖母も今回ばかりは「あの世に持っていこうと思っとったんじゃがな……」とこぼして、ぽつりぽつりと話をしてくれたんだ。

 俺が育ったこの峰澤の家はいわゆる分家筋というやつだ。峰澤家の本家は、この分家から程近いとある山あいの村にある。その村のほぼ中央に、九ノ崎という家の大きな館が存在しているそうだ。九ノ崎家というのは、代々その村の名主をやっていて村内で一番の富豪の家柄らしい。本家の峰澤家は、その九ノ崎の大邸宅からやや離れた所にこぢんまりと居を構えていた。
 俺が生まれる数年前、九ノ崎の当主には九ノ崎 厳馬という年若い男が就いていた。もっとも、この九ノ崎 厳馬という本名よりも、雅号の九ノ崎 峰扇という名前やその作品のほうが有名かもしれない。
 厳馬は、先ほどの九ノ崎 峰扇という名前で、画家を生業としていた。若いうちから画の才能を見出され、20代にして早くも画壇の頂に立ち、全盛期の日本の絵画界隈での影響力は計り知れないものがあったらしい。だが、多くの芸術家がそうであったように(と言ったら芸術に携わる方々に失礼か)、厳馬は少々、いやかなりエキセントリックな性格だった。

 いくつか漏れ伝えられた例を挙げると、こんな感じだ。
 厳馬は創作に没頭するあまり、幾日も幾日も自分のアトリエに籠もることがあった。が、創作中そのアトリエに続く廊下で、足音や衣擦れの音などをほんの少しでもさせようものなら、それこそ親の仇のようにその者を折檻し、それが女中であるならば即日暇を出したそうだ。また、アトリエに籠もっている間の食事についても、呼び鈴を鳴らしたらすぐに持ってこないといけない。少しでも遅ければ、これまた烈火のごとく激怒して周囲に当り散らす。創作についても、何かアイデアが閃くと、深夜でも関係なく大声でなにやら喚きながら創作に取りかかり、足りない画材道具などを女中に買いに行かせる。買い物を言いつけられた女中は厳馬怖さに、近所の画材屋の前で土下座して店を開けてもらう始末だった。他にも、気分転換にフラリと散歩に出かけたと思ったら、近所の犬猫を杖や棒切れで滅多打ちに打擲して帰ってくる。犬猫の飼い主は警察に泣きついたが、警察も村一番の富豪である九ノ崎家の威光と、現当主厳馬の怖さに恐れ慄いて何もできず、全て泣き寝入りする他なかったそうだ。
 万事がこんな調子なので、女中や家族はもちろん、村の住民すらも最低限の用事以外は、厳馬とそのアトリエに近づこうとはしなかった。結果、諌める者が誰もいなくなりますます厳馬は増長する。当時のこの村は、厳馬という王を中心にして回っていた、まさに冥府のような場所だった。


作品名:ペルセポネの思惑 作家名:六色塔