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ペルセポネの思惑

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 九ノ崎家のあるその村は、既にかなり過疎が進み、人が住んでいるかわからない家も多くなっていた。俺は早め早めにと思い、朝に出発したんだが、道が入り組んでいてなかなか目的地に着かない。そんなこんなで、祖母から借りた古い地図を頼りにどうにか村の中央にある九ノ崎家の門前に辿りついた時は、もうすでに午後になっていた。
 埃まみれの古めかしいインターフォンを押すと、女中らしき者による俺の身元を確認する応答があった。峰澤家の者であることを伝えると、しばらくして門扉が開き館内へと招き入れてくれた。
 館内では、先ほどの声の主である老いさらばえた感はあるもののまだまだ矍鑠としている女中が、客間へと俺を案内し、その後冷たい麦茶と菓子を運んできた。俺は、その女中にこの家の主人である九ノ崎 厳馬氏に会いたいと用件を伝える。しかし、女中からは
「主人は、所用で外出しておりしばらくお帰りの予定もございません。何か言伝があるようでしたら、私が承ります」
と言うにべも無い返事が帰ってくるだけだった。

「アトリエで、創作をされているんじゃないんですか?」
窓から見えるアトリエという名の、かつて母が監禁されていた土蔵をこれ見よがしに指差して俺は問いかけた。それでも女中は先ほどと同じ回答を繰り返すだけだった。

 埒が明かないので自分の身元を明かす事にした。だが、なんら嘘偽りはなく胸を張って自分の身元を明かして良いはずなのだが、なぜかどうしても神経が張り詰める。俺は、後ろめたさや石もて追われるのではないかと言う緊張感、その他様々な思いを胸中に渦巻かせながら、かつて自身が峰澤の家で生まれて分家へと引き取られていった映美子と厳馬との子である事を女中に告白した。

 女中は、話の途中あたりですでに察していたのか、大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めていた。
「あなたがあの時の……。すっかり大きくなって……」
女中の問わず語りによると、彼女自身も出産で峰澤家に戻った映美子に付き添い、また映美子が縊れた元日も女中として働いていたそうだ。女中は、先ほどまであれほど厳格だった顔を涙でくしゃくしゃにし、しきりにハンカチで目元を拭っていた。
「厳馬さんは……、父は本当に出かけているのですか?」
俺は改めて問いかける。女中はしばしの間躊躇していたが、やがて消え入るような声で答えた。

「実は、映美子さんが亡くなられた日からずっと厳馬様はアトリエから出てこないのです」

 女中は、映美子が縊れた日から今日まで欠かさず、アトリエ内で映美子の縊死体を描いているであろう厳馬に小窓から食事を差し入れてきたと語った。また、仕事中に人を絶対入れるなと厳馬本人からきつく言われているため、二十年以上もの長い間、この女中自身が主人の顔を見る事はもちろん、客人すらも一切寄せ付けることはしなかったと言うのだ。

「お恥ずかしい話ですが、お給金もずっといただいてなくて……。
 そのため女中は私以外、皆暇をもらって去ってしまいました。
 実は私も、そうしてしまおうか悩みぬいたのです。
 ですがこの有様では、私が去れば厳馬様は死んだも同然」

子供からの仕送りや年金をなんとかやりくりし、今日までここに居たと女中は涙ながらに語るのだった。

 俺は女中を説き伏せてアトリエの鍵とランプを借り受けた。そして一歩一歩、軽くもなく重くもないだがしっかりとした足取りでアトリエへと向かう。かつて母が閉じ込められ、意に沿わぬ暴行を受け、縊れた場所。俺は震える手でその入り口に鍵を挿しこんだ。


作品名:ペルセポネの思惑 作家名:六色塔