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ペルセポネの思惑

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 館に戻り、先ほどの女中と再会する。
 アトリエで厳馬と話をした結果、厳馬は隠居し、九ノ崎家は俺が継ぐことになったというでっちあげを女中に告げる。そして、申し訳ないが女中の契約を今日限りで打ち切る、ということも話した。
 あまりに急なことに目を白黒させている女中に、九ノ崎家の金目の物━━現金や貴金属などを持ってこさせる。それらが十分すぎる額になることを確認した俺は、女中に今までの給金と退職金代わりにそれらを譲渡した。但し、これから起こることは生涯誰にも話さない、ということを条件として。女中は、明らかに何かが起きる予感を察知していたのだろう。館を何度も何度も振り返りながら九ノ崎家への最後の奉公を終えた。

 俺は、再びアトリエの扉を開けて中に入る。厳馬がまたも、落ち窪んだどこかピントのずれた目でこちらを振り向き、無感情で再び目の前にぶら下がっている映美子に向き直る。時間を一刻でも惜しむかのようにペンを走らせるその小憎らしい後姿。祖母の話では厳馬は偉丈夫だと聞いていたが、今ここにいる厳馬は手足がすっかり痩せ細り餓鬼のような姿になっている。

 だが、そんな弱りきった厳馬を目の当たりにしても俺は憐憫の情など沸き起こりはしなかった。

 アトリエの棚から、手当たり次第に絵の具や薬品を取り出しては床に撒き散らしていく。絵画のことはそれほどよく知らないが、油絵の絵の具や薬品なら恐らく問題ないだろうと思った。だが、ここにあるものは二十年以上使われていない。念のため、母屋からポリタンクで持ってきたガソリンをその上からさらにぶちまける。その間、厳馬はずっとぶつぶつぶつぶつとあの忌まわしい言葉を吐きながら、映美子の肢体を描いていた。

 準備が整い、俺は扉の前に立つ。灯りに用いていたランプをガソリンで湿っている場所に放り投げ、火が燃え盛ったのを確認してから扉を閉め、鍵をかけた。
 帰り道は迷わなかった。それでも、村境まで行き着く頃にはすっかり日が暮れていた。振り向くと、宵闇の中で九ノ崎家を焼き尽くす炎が蛇の舌のようにちろちろと蠢いていた。


 数日後、俺は故郷を後にしてこちらへ戻るための電車に乗り込んでいた。

 九ノ崎家の火災については、発狂した厳馬が土蔵内に火を放ち自ら焼け死んだという形で落着しそうだ、という内容の新聞記事を目にした。最悪、実行した俺が捕まるのは致し方ない。だがあの女中に疑いがかかってしまうのはまずいと思っていた。だが、幸い俺と彼女のどちらにも嫌疑がかかるような様子はなかった。
 俺の気分は爽快だった。今回の帰省によって、俺は自身の出生の秘密を知ることができた。それはとても陰鬱で悲しい物語ではあったが、俺自身の手によって母は呪縛から解き放たれ、忌まわしい父を地獄へと叩き落すこともできたのだから。
 彼らの分も含め、俺は俺の人生を生きていこう。車窓を流れていく田舎の素朴な景色を眺めながら、俺はそう考えていた。

 その時ふと思い出した。祖母が話をしてくれた後、渡してくれたお守りのことを。

 俺が生まれたとき母の映美子が首にかけてくれたというお守り。唯一母が俺に授けてくれた物。そのお守りを祖母は話を終えた後、俺に渡してくれたのだった。
 古くなってすっかり黄ばんでしまったこのちっぽけなお守りを、俺は紙袋から取り出す。感慨深く眺めているうちに、お守りのほつれた部分からなにやら紙切れのようなものがのぞいている事に気がついた。

 何の気なしにその紙切れを取り出し、開いてみた。


作品名:ペルセポネの思惑 作家名:六色塔