MEMORY 死神代行篇
終業式の朝の教室は、夏休み直前で浮かれている。
ルキアの姿はないが、その事に違和感を覚える者はいないようだ。
みんなで海に行こうと騒ぐ啓吾に賛同する者はいない。
一護は予定が詰まっていると断った。
倣うように竜貴が空手の全国大会目指して練習があるからと断る。
織姫も茶渡も予定があると断っていた。
留めに水色がハワイに行くと言うと、啓吾はいじけてしまった。
「啓吾、遊ぶのも良いが、宿題やっとけよ。」
「一護ぉ。」
「私はこの夏は忙しくて他人の宿題の面倒まで見られないんだ。」
「一護はまた浦原さんの所で勉強?」
水色が口を挟んでくると一護は肩を竦めた。
「浦原さんも前半は忙しいみたいだし、私も中休みはあるけど殆ど埋まってるよ。中休みに宿題終わらせる心算だから遊びに行く暇はないな。」
「花火大会は行ける?」
「八月の頭だろ。中休みだから花火見に行くくらいは出来るな。」
「ンじゃ、行こうぜぇ。」
「家は父親と妹達が行くからお守りで付いて行くよ。」
「ぃよっし!」
はしゃぐ啓吾に溜息を吐いて、一護は苦笑する。
ホームルームで、越智が担任として責任感があるんだか無いんだか判らない注意をして解散となった。
ルキアと並んで歩いた帰り道を一人で辿る。
「いちごちゃん。」
織姫の声に振り向くと、心許なさそうな顔をした織姫が立っていた。
「……どした、姫?」
織姫が心許ない顔をする理由に見当は付いているが、知らないふりを装う。
「朽木さん、どうしちゃったの?」
直球勝負に出た織姫に苦笑して、一護は物陰のある場所で腰を下ろして織姫にルキアが連れ戻された事を話した。
「そっか、朽木さん、自分の世界に帰ったんだ。」
「帰ったというより連れ戻されたって感じかな。」
「自分の世界に帰ったんならその方が幸せなんじゃ……。」
一護の意思を翻させようとする織姫の意思が其処に潜んでいるように聞こえて、一護は織姫に視線を向ける。
「処刑される為に連れ戻される事が幸せ、なのか?」
「え……処刑……?」
「ルキアは、処刑される為に連れ帰られたんだよ。」
「ど、どうしてっ⁉」
「私に死神の能力を譲渡したって罪でね。」
「……それなら、いちごちゃんが向こうへ行ったら、譲渡した相手として処罰とかの対象になっちゃうんじゃ……っ!」
「ならない。というか、させない。」
「でもっ!」
「そんな事実はないからな。」
「え?」
下を向いていた織姫は、一護の声に込められた強い意志に驚いて顔を上げる。
「ルキアがした事は、残りの霊力で私の封印を破った事なんだよ。」
「封…印……?」
意味が理解らないと首を傾げる織姫に、一護は息を吐く。
「私の力は生まれつき大き過ぎて、虚のターゲットになり易かった。母がずっと守ってくれていだけど、その母も死んで、私は自分で自分を護らなきゃならなかったんだろう。母が死んだ時に、私は死神になってたんだけど、その力を母が最期の力で封じたんだよ。」
「死神になってたって……そんなに簡単に死神になれるものなの?」
「私の場合はね。」
苦笑する一護に、立ち入り禁止の立札を立てられた気がして織姫は口を噤む。織姫が言葉も気持ちも呑み込んだ事に気付いた一護は、軽く溜息を吐いた。
「どんなに仲が良くても親しくても、明かせない秘密とかってあるもんだよ。姫は、何もかも知ってなきゃ信頼出来ない?」
織姫は感情を載せない一護の瞳と視線が合って、捕らえられたように動きを停める。
「私がルキアを助けたいのは、こうなる事を予測しながらも家の家族を助ける為に力を尽くしてくれたからだよ。その恩を返してないからさ。」
「いちごちゃん。」
「それに、冤罪で殺されるなんてあんまりじゃん?」
「尸魂界って所へ、行くの?」
「………姫。私としては姫が一緒に行ってくれたら助かるよ?」
「え?」
「姫の能力は事象の拒絶。起きてしまった事をなかった事に出来る力もあるって事は、怪我を治す事も出来るって事だからさ。」
「あ……。」
「でもね。命懸けになるんだって事もちゃんと頭に入れて置いて。」
「え……。」
「尸魂界って場所はこの世じゃなくてあの世の事なんだからさ。」
一護は立ち上がると数歩進んで振り返り、織姫に顔だけ向けて手を振った。
茶渡が陰で話を聞いていた事に気付かないふりをして、一護は家路を辿ったのだった。
作品名:MEMORY 死神代行篇 作家名:亜梨沙