結婚式ごっこ
大佐の家中掃除してシーツなんかまで洗ってやったのは何もオレが甲斐甲斐しいわけでもなく弱みを握られたとかでもなく単に仕方がないからだ。洗って洗って洗ってやった。んで干して干して干してるうちに干すところなんて足りなくなっちまったから、無駄に広いこの庭にいくつか物干し台も錬成してそこにロープ張ってばっざりと洗ったばっかのシーツをかけた。
……山ほどだ。何が山って洗濯ものだ。何十枚か数えるのが嫌になるくらいの布地を、オレは干して干して干しまくった。ここまでくるといっそ壮観だ。白いシーツが風に煽られてまるで波のようでもある。
……ええと、だな。なんでこんなに大量のシーツやタオルが個人宅にあるかというと、大佐のヤロウがため込んだからだ。大佐の辞書には洗濯をするという文字はないらしい。ムカつく。うっかり大佐のクローゼットを開けたのは今朝のことだった。そこで大量の洗濯物やらシーツやらタオルやらを発見した時には目眩がした。カビまで生えてるヤツもあった。「使ったら洗うくらいしろっ」つーオレの言葉には大佐は胸を張ってこう答えやがった。「私は忙しいんだそんな時間などあるものか。ついでに我が家には新品のストックがまだまだまだまだ大量にあるから大丈夫だよ鋼の」と。
……何が大丈夫なんだか100文字以内に要約して答えてみやがれこのヤロウ。開いた口が塞がらねえとはこのことだ。けどこれでオレが大佐ん家来るたびに、シーツはパリっパリだし、オレが借りてるパジャマとかも毎回新しいものに変わっている謎が解けた。んじゃなくてさ。
「洗えええええええええっ!」ってオレは叫んだぜ?
使い捨てにするようなもんじゃないだろうシーツとかパジャマとかタオルとかさっ!!
「いや使い捨てではさすがにないよ。休みの日にはクリーニングの業者を呼んで、その時に全部持っていってもらうんだ」とか言うけどさ、毎週必ず休みが取れるなんてもんじゃないだろうアンタの仕事はさぁ。あああ、もう。こんな大量の使用済みのシーツだとかタオルだとかあれやそれや。見て見ぬフリなんかオレにはできねええっ!
洗う。
洗いたくはないけど洗わずにはいられない。
こんな状態許しておけるかっ!!ってオレは拳を握り締めた。大佐がため込んだ洗濯物を全部風呂場に持ち込んだ。浴槽に突っ込んで足で踏んで洗いまくる。
洗い終わったら干しまくった。一仕事、終えた後はなんかこー達成感ですっきりとした。
今日は天気もいいし風も強い。この分なら全部すぐにでも乾くだろう。……ってところで懸念が一つ。この大量の洗濯物をちゃんと大佐が取り込んで畳んで仕舞うわけがない。
……眉間にしわを寄せちまう。片付けるのもオレの役目か?そうなのか?
理不尽だ。
だけどせっかく洗って干して綺麗にしたこの大量の洗濯物を無駄にするのも惜しくって。
チラリと大佐をうかがうように見てみれば、当の本人は「やあ鋼のありがとう。君はいい奥さんになれるな。どうかね私と一緒に暮さないか」なんて爽やかな笑顔でオレに告げてくるっていう厚かましさだ。
ばさばさばさと、大量の洗濯物が風になびいて音を立てる。
ばさばさばさと、オレの心にも波が立つ。
ばさばさばさばさ。
ばさばさばさばさ。
……チクショウ、なんでオレはこんな男が好きなんだ。
無言で大佐を睨みつけた。途端にびゅうううううううって強風が吹いた。
干していたシーツが一枚風に舞っていく。しまった、洗濯ばさみで止めてない奴がいくつかあったんだっ!
「わーっ」て思わず声を出したら大佐が走って行ってくれて飛んで行ったそのシーツを拾ってくれた。
「あー、すまねえな。拾ってくれてアリガトウ。それ、元の所にかけてくれるか」ってオレは棒読みモードで声を出した。だってオレが大佐に礼を言うのってなんかどうも違う気がする。
「いやいや、このくらいはなんでもないよ」なんて偉そうな発言にオレの心はささくれた。
だけど、何かしてもらったらきちんとお礼は言いましょうってオレはしつこく師匠とか母さんとか弟とか幼馴染とかに言われて育ってきているからさ。拾ってくれた礼をしねえと居心地が悪くなるくらいにはオレ様は礼儀正しいんだ。
だからぶつぶつと下を向いて言ったんだけど。そしたら大佐はふざけてんのかシーツをバサッと広げやがってオレの髪にかぶせてきやがった。
「うわっ!冷たいってのっ!まだ乾いてねえんだからあっちに干せよっ!!」
干してすぐのまだ乾いていない湿ったシーツがオレの頭に乗っかってんだぜ。チクショなんだよこのヤロウっ!!
オレの言葉なんかどこ吹く風で大佐の野郎は笑ってる。
「ほら、こうしてみるとシーツが花嫁のベールのようにも感じられるのではないかね?」
花嫁の、ベールって……。ちょっと待て何がどうしてその発想?
オレは呆れて大佐を見上げる。そこにあったのは嬉しそうってか幸せそうな大佐の顔。
「そうだな……本番の時はもっとこう、レースもふんだんに使ったものにしようかな。君の金色の髪がより映えるように薄手のものが望ましい」
なんてあれこれ妄想を繰り広げやがる。
「ちょっとなんだよそれ、大佐ってばっ!」
オレの文句は軽くスルーで。大佐の野郎は宣言する。
「汝はこの私を夫として病める時も健やかなる時も死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓ってくれないかな鋼の?」
その口調は軽くて、冗談交じりに告げたってみたいだったけど。大佐の眼差しは真剣で、オレはちっとばかり頬を染めた。
終わり