不運と幸運は表裏一体
人相見は得意じゃない。
葛之葉雨彦は人にはそう言うが、実のところは人に纏わりつく汚れが邪魔して人相を見るどころじゃ無いからだ。
汚れとはあらゆるネガティブな感情が可視化したもの。それが煙のように人に纏わりついたり、場に漂ったりしている。もっとも、それが見える者は稀だ。
ネガティブな感情はどこにでもあるもので。
葛之葉雨彦が見ている風景は黒い煙が漂っているのが常だった。そして彼はそれをただ見ているだけでは無く、黒い煙もとい汚れを掃除する掃除屋でもあるのだ。曰く「芸能界の汚れを掃除するため」にアイドルになったのだと。
それこそどっちが本業なのか分からないくらい事務所で見る彼は掃除をしている姿が多く、事務員の山村にもレクチャーをしていることがある。お陰で男所帯なのにチリ一つ無いのでは?と思うほど事務所は綺麗だ。
「ここは元々そんなに汚れが溜まっていないからな、楽なもんだよ」とは本人の弁だ。
掃除をするのは事務所ばかりでは無く、局でも時間が空き、道具が揃えば「…ついでに掃除しとくかな」と掃除をし始める。そうなるといよいよ本当にどっちが本業なのか分からなくなってしまう。普通の事務所だったら止められている所だが、315プロは大らかなのか?そのまま容認状態だ。
どっちが本業か分からないとは言うものの、仕事自体はどっちつかずにはなっておらず、アイドルとしての仕事の評価も高い。飄々とした見かけによらず人より努力をしているのかもしれない。
本人に聞けば「仕事はきっちりが信条だからな」とほんの少し口角をあげる笑顔でサラリと言いそうではある。
「また、珍しいメンバーだな」
レッスン室に集まった面々を見渡し、葛之葉はいきなりの感想を漏らす。ここに集められた面々は毎年恒例のXmas Liveに選抜されたメンバーで、本日は顔合わせ即ダンスレッスンに入る予定となっていた。
「プロデューサー、あとはどなたが?」
神谷がソワソワとしながら聞いてくる。今回の選抜メンバーは5人、今現在ここに居るのは神谷、古論、舞田、葛之葉で4名。
「木村くんです。電車遅延だってさっき連絡ありましたからすぐ来ますよ」
「Mr.きむらはいつもunluckyだねえ。ま、大丈夫でしょ」苦笑いしながら言うのは舞田だ。
「そうですね、すぐ来ると思いますので先に始めましょう」と、プロデューサーは今回のXmas Liveの概要説明を始める。この5人は後半のライブに出演するメンバーなこと、オープニングの流れを引き継ぎつつライブ会場は移動して船上になること、オープニングメンバーとはコンセプトが変わること等々。
レッスン室の扉をドーンと開き「すんません! 遅くなりました!」と、木村龍が元気よく入ってきたのは説明が一通り終わった頃だった。
「Nice timing! Mr.きむら、これから存分に体を動かせるよ♪」
遅れたことをひたすら謝り倒す木村を周りのメンバーは「大丈夫、気にしない!」と励ますように背中をバシバシ叩く。少々手荒い彼らなりの友情らしい。そんな中、初顔合わせな葛之葉に気付いた木村は心底申し訳無さそうな顔で事情を説明し始める。
曰く不運体質でこういったトラブルが頻繁に発生するのだと。そう説明する木村の顔を葛之葉はそれこそ穴が開くのでは無いか?と思うほど見つめていた。それだけ見つめればさすがにどんな鈍感な人間でも気付く訳で。
「あの?俺の顔、何か付いてます?」
「いや、何も……付いてないが」
「はぁ……そですか」
葛之葉の煮え切らない返事に木村も胡乱な返事をしてしまう。そのまま即レッスンに入ってしまい、そのことはうやむやになってしまった……はずだったのだが。それ以来木村は葛之葉が居ると視線が気になるようで、首を傾げては顔を撫でる習慣が付いてしまったらしい。葛之葉が居れば視線が気になる。居なければ視線の理由が気になる。どちらにしても葛之葉に悩まされてしまうのであった。
悪口では無いが本人が居る時に話すのは何となく憚られる気がして、Legendersの2人が別件で不在なのを見計らい、木村は件の視線のことを年齢の近い神谷に零す。
「雨彦さんが俺のことじっと見てくるんだけど、何か顔についてたかな?」
そしてその視線を思い出したのか無意識につるりと自分の顔を撫でた。
「さあ?初顔合わせだったから、珍しかったとかじゃないかな?」
笑顔で少々惚けた返しをするのが神谷らしい。
「それなら良いんですけど。何か付いてます?って聞いたら付いてないって。珍しいとか一言も言って無いんですよー」
神谷の恍けた返事では納得しきれずにそう言い首を傾げる。
「なるほど、それは気になるねえ」
おっとりとした口調で神谷は同意しつつ、また彼も首を傾げる。
「悩みごとかな? Mr.きむらは」
心配半分、興味半分といった風情で声を掛けてきたのは舞田だ。
彼は言動からピーキーなキャラに見られがちだが、元教師だからか?元々の性格なのか?不安な感情を敏感に察知して、こうやって心配して声を掛けてくることが多い。
「類さん、俺の気のせいかもしれないんですけど」
と、前置きして神谷に話した内容と同様のことを話していく。木村の話に頷きながら舞田は自分のこめかみをトントンと指でつつく。どうやら話を整理する時の癖らしい。
「んー。Not attachedかあ、それは何か?ってのは聞いたのかな?」
解決の糸口になるのかよく分からないことを言い始めた舞田を二人は訝しげな顔で見つめる。
「ああ、ゴメン。Mr.くずのはに何が見えていたのか?それが分かればいいんじゃないかな?って」
端的に結論だけを言うのは舞田のいつもの癖だ。彼の頭の中では何もかもが高速回転して即結論が浮かぶのでそうなってしまうらしい。周りがその言動に振り回されることがしばしばあり、主に巻き込まれているのはS.E.M.のメンバーだったりする。
「何がって……嫌な予感しかしないんだけど」
木村本人的には薄々予想がついているらしく、眉根を寄せて不安げな顔をする。
「聞くだけ聞いてみたらどうかな?答えが得られなくても得られてもモヤモヤしてるよりはいいんじゃない?」
対して楽観的な意見なのは神谷だ。繊細そうに見えて案外肝が座っている。個性派揃いのCafeParadeのリーダーは伊達じゃないのだろう。
「そうっすね……いつまでもモヤモヤが晴れないのは俺も嫌ですし。相談に乗ってくださってありがとうございます、幸広さん、類さん」
葛之葉雨彦は人にはそう言うが、実のところは人に纏わりつく汚れが邪魔して人相を見るどころじゃ無いからだ。
汚れとはあらゆるネガティブな感情が可視化したもの。それが煙のように人に纏わりついたり、場に漂ったりしている。もっとも、それが見える者は稀だ。
ネガティブな感情はどこにでもあるもので。
葛之葉雨彦が見ている風景は黒い煙が漂っているのが常だった。そして彼はそれをただ見ているだけでは無く、黒い煙もとい汚れを掃除する掃除屋でもあるのだ。曰く「芸能界の汚れを掃除するため」にアイドルになったのだと。
それこそどっちが本業なのか分からないくらい事務所で見る彼は掃除をしている姿が多く、事務員の山村にもレクチャーをしていることがある。お陰で男所帯なのにチリ一つ無いのでは?と思うほど事務所は綺麗だ。
「ここは元々そんなに汚れが溜まっていないからな、楽なもんだよ」とは本人の弁だ。
掃除をするのは事務所ばかりでは無く、局でも時間が空き、道具が揃えば「…ついでに掃除しとくかな」と掃除をし始める。そうなるといよいよ本当にどっちが本業なのか分からなくなってしまう。普通の事務所だったら止められている所だが、315プロは大らかなのか?そのまま容認状態だ。
どっちが本業か分からないとは言うものの、仕事自体はどっちつかずにはなっておらず、アイドルとしての仕事の評価も高い。飄々とした見かけによらず人より努力をしているのかもしれない。
本人に聞けば「仕事はきっちりが信条だからな」とほんの少し口角をあげる笑顔でサラリと言いそうではある。
「また、珍しいメンバーだな」
レッスン室に集まった面々を見渡し、葛之葉はいきなりの感想を漏らす。ここに集められた面々は毎年恒例のXmas Liveに選抜されたメンバーで、本日は顔合わせ即ダンスレッスンに入る予定となっていた。
「プロデューサー、あとはどなたが?」
神谷がソワソワとしながら聞いてくる。今回の選抜メンバーは5人、今現在ここに居るのは神谷、古論、舞田、葛之葉で4名。
「木村くんです。電車遅延だってさっき連絡ありましたからすぐ来ますよ」
「Mr.きむらはいつもunluckyだねえ。ま、大丈夫でしょ」苦笑いしながら言うのは舞田だ。
「そうですね、すぐ来ると思いますので先に始めましょう」と、プロデューサーは今回のXmas Liveの概要説明を始める。この5人は後半のライブに出演するメンバーなこと、オープニングの流れを引き継ぎつつライブ会場は移動して船上になること、オープニングメンバーとはコンセプトが変わること等々。
レッスン室の扉をドーンと開き「すんません! 遅くなりました!」と、木村龍が元気よく入ってきたのは説明が一通り終わった頃だった。
「Nice timing! Mr.きむら、これから存分に体を動かせるよ♪」
遅れたことをひたすら謝り倒す木村を周りのメンバーは「大丈夫、気にしない!」と励ますように背中をバシバシ叩く。少々手荒い彼らなりの友情らしい。そんな中、初顔合わせな葛之葉に気付いた木村は心底申し訳無さそうな顔で事情を説明し始める。
曰く不運体質でこういったトラブルが頻繁に発生するのだと。そう説明する木村の顔を葛之葉はそれこそ穴が開くのでは無いか?と思うほど見つめていた。それだけ見つめればさすがにどんな鈍感な人間でも気付く訳で。
「あの?俺の顔、何か付いてます?」
「いや、何も……付いてないが」
「はぁ……そですか」
葛之葉の煮え切らない返事に木村も胡乱な返事をしてしまう。そのまま即レッスンに入ってしまい、そのことはうやむやになってしまった……はずだったのだが。それ以来木村は葛之葉が居ると視線が気になるようで、首を傾げては顔を撫でる習慣が付いてしまったらしい。葛之葉が居れば視線が気になる。居なければ視線の理由が気になる。どちらにしても葛之葉に悩まされてしまうのであった。
悪口では無いが本人が居る時に話すのは何となく憚られる気がして、Legendersの2人が別件で不在なのを見計らい、木村は件の視線のことを年齢の近い神谷に零す。
「雨彦さんが俺のことじっと見てくるんだけど、何か顔についてたかな?」
そしてその視線を思い出したのか無意識につるりと自分の顔を撫でた。
「さあ?初顔合わせだったから、珍しかったとかじゃないかな?」
笑顔で少々惚けた返しをするのが神谷らしい。
「それなら良いんですけど。何か付いてます?って聞いたら付いてないって。珍しいとか一言も言って無いんですよー」
神谷の恍けた返事では納得しきれずにそう言い首を傾げる。
「なるほど、それは気になるねえ」
おっとりとした口調で神谷は同意しつつ、また彼も首を傾げる。
「悩みごとかな? Mr.きむらは」
心配半分、興味半分といった風情で声を掛けてきたのは舞田だ。
彼は言動からピーキーなキャラに見られがちだが、元教師だからか?元々の性格なのか?不安な感情を敏感に察知して、こうやって心配して声を掛けてくることが多い。
「類さん、俺の気のせいかもしれないんですけど」
と、前置きして神谷に話した内容と同様のことを話していく。木村の話に頷きながら舞田は自分のこめかみをトントンと指でつつく。どうやら話を整理する時の癖らしい。
「んー。Not attachedかあ、それは何か?ってのは聞いたのかな?」
解決の糸口になるのかよく分からないことを言い始めた舞田を二人は訝しげな顔で見つめる。
「ああ、ゴメン。Mr.くずのはに何が見えていたのか?それが分かればいいんじゃないかな?って」
端的に結論だけを言うのは舞田のいつもの癖だ。彼の頭の中では何もかもが高速回転して即結論が浮かぶのでそうなってしまうらしい。周りがその言動に振り回されることがしばしばあり、主に巻き込まれているのはS.E.M.のメンバーだったりする。
「何がって……嫌な予感しかしないんだけど」
木村本人的には薄々予想がついているらしく、眉根を寄せて不安げな顔をする。
「聞くだけ聞いてみたらどうかな?答えが得られなくても得られてもモヤモヤしてるよりはいいんじゃない?」
対して楽観的な意見なのは神谷だ。繊細そうに見えて案外肝が座っている。個性派揃いのCafeParadeのリーダーは伊達じゃないのだろう。
「そうっすね……いつまでもモヤモヤが晴れないのは俺も嫌ですし。相談に乗ってくださってありがとうございます、幸広さん、類さん」
作品名:不運と幸運は表裏一体 作家名:tesla_quet