お似合いだといわれましても
町内巡回の途中に行う恒例のひと休憩。
白昼堂々と──サボっているわけではないが──団子屋に立ち寄った。団子屋一筋ウン十年のおばちゃんが丹精込めて作り上げてきた名物の美味しさが損なわれていないか、食してきちんと確認をしなくてはならない時間だ。
見慣れた朱色の野点傘の元へと駆け寄り普段通りの言葉をかけた。
「おばちゃん、いつものひと――」
「ばっちゃーん、いつものが食べたいアー」
突如として同じタイミングで声をかけたらしいチャイナ服が目に入った。
そいつも俺の声に気がついたのか最後までおばちゃんには注文をせずに開いた口が塞がらないようだ。悔しくも俺も同じだった。歌舞伎町には団子屋が無数にあるにも関わらず、同じタイミング、同じお店で顔を合わせることになろうとは誰が思いもしたか。
「露骨にイヤそうな顔をすんじゃねーぜぃ、チャイナぁ」
「そういうお前こそ、ゴキブリでも噛み潰したみたいな顔してるアルよ。無自覚アルか」
「誰がゴキブリなんぞ噛み潰すかよ。それを言うなら苦虫だろうが」
「どっちでも同じアル! お前が不愉快そうな顔をしてるには変わりないネ」
俺もチャイナも縁台に座ることなく立ったままだ。
一つしか置いていない縁台に二人で並んで座るなど考えられもしない。更に言えば旦那と同じでコイツは人が注文をした団子を奪うつもりだろう。警戒は解けない。
「チャイナぁ、他の団子屋に行きなせぇよ」
「なんで私が!? お前が行けばいいアル! 私はここのおばちゃんの団子がお腹いっぱい食べたいネ! 税金泥棒ならもっといいとこに行けるはずヨ」
「俺だってここの団子が食べてぇんでぃ! 安いとこには安いとこなりの良さがあらぁ。なにより第一高級志向なとこのは口に合わねぇんでさぁ」
互いに腕を組んだまま座ろうともせずに言葉を投げぶつけるだけ。
「庶民派ぶるなヨ、高給取り」
「ぶってねーわ」
「庶民の道楽を奪うなアル」
「奪ってねーやぃ」
「可愛い恋人さんたちがどうしてこんなところで喧嘩してんだい?」
不意を突くおばちゃんの言葉に、俺たちはまたもや息を揃えて顔を見合わせた。
聞き間違いでなければ恋人と言ったはずで、手には大きな皿に盛られた大量の団子。それも二皿ではなく一皿だ。二人分の量が一枚の皿に盛り付けられているようにも見える。
──なんでさぁ、アレ。
「おまたせ、団子できたよ。仲直りしてもらうために一皿を二人で分け合って欲しくてねぇ、てんこもりだ、ほら」
「ば、ばっちゃん?」
「もう……中まで声が聞こえてきたよ。人前で喧嘩は駄目さ。仲良く仲良く、ね?」
「おばちゃん?」
縁台に乗せられた大量の団子。どう見ても二人分以上の量だ。
ここのおばちゃんは前々から気前がいいことで有名ではあるけれど過去最高に持て成しをし過ぎているようにも見えてしまう。
ゆっくりと座り込んでひと串持ち上げた。縁台がひとつしかない分、結局は一緒に食べなくてはいけない。
「ほら嬢ちゃんもさっさと座って食べちゃいんさい。今日はまだまだこれからなんだ、二人でゆっくり街を巡るのもいいだろうねぇ」
勝手に広げられていく話に終止符を打つことができない。
俺とチャイナが恋人だぁ? んなこと世界が滅ぶとしてもあるはずがない。
何かを言いたそうな様子ながらも縁台に座ったチャイナ娘はいっぺんに3本もの串を手に取った。
「おい、サド……」
「言うな……チャイナ」
チャイナ娘の言いたいことは分かる。俺も全くもって同じ気持ちだ。
だがきっとおばちゃんは聞く耳を持たないだろう。
「お似合いだよ、アンタたち」
(コイツが恋人だぁ? ……ねーよな)
ありえもしない関係性に笑うことすらできない。
満足気に微笑むおばちゃんを横目に食べ進めた。
作品名:お似合いだといわれましても 作家名:溝口ひろな