温もりだけ
気付かれないようにそっと息を潜めていると、ドアが開いて閉まる音。足音が遠ざかっていくのを聞きながらアスベルは半身をゆっくりと起こした。
教官と、ヒューバートがいなくなった部屋は尚更寒くなったような気がして、アスベルは身を震わせる。
隣のベッド――ヒューバートに割り当てられたベッドだ――に、そっと手を伸ばすと、ひやりとした。今まで人が寝ていたとは思えない。
「ヒューバート……」
そういえば、ヒューバートは夏よりも冬の方が苦手だった。白い小さな手が、いつも冷たくて悴んでいて。
「……まだ、」
ヒューバートは冷たい手で、居るのだろうか。
そう思うと、心の奥底がチクチクと痛くなる。今すぐ、昔のように手を包んでやりたいと思うけれど、振り払われてしまうだろう。それでも、冷たい手を思い出すとたまらなかった。
* *
階下で酔っ払ったパスカルと、マリク・シザース(こちらは素面だったが)と話したが、そうしたところでこの寒さが和らぐわけではない。冷えた身体も決して温まりはせず、出そうになる溜め息をなんとか飲み込んで、ヒューバートは部屋に戻った。
部屋も、階下と変わらず冷えたままだ。自分のベッドの、薄い布団が僅かに盛り上がっていて、その様子はヒューバートが部屋を出て行く前とは少し違う。
布団をめくると、そこに毛皮が一枚、……二枚。
「……兄さん、二枚も必要ありませんが」
返事はなかった。
ヒューバートは、息をついた。寝た振りをしているのだろうが、バレバレだ。
「兄さん……!」
「……手、温かくなったら返してくれればいいから」
盛り上がった布団の中から、くぐもった声が聞こえてきた。それから「……ごめん、眠いんだ」と、またバレバレの嘘。
ヒューバートはわざと大きな溜め息をついた後、布団に潜り込んだ。毛皮を二枚引き寄せると、冷たい手が少しだけ温かくなった気がした。