Say You Love Me
「遣り残したこと……あっても次の楽しみに取っておきますよ」
「ないのか? じゃぁ、買い残したものは?」
「それは、はい。大丈夫でしょう」
「忘れ物は?」
「うーん。最後によぉく確認しましたから。けど、何かあったら、保管をよろしくお願いしますね」
「俺も日本に行きたい」
隣に座る、金髪の青年がぶうと文句を言う。
「なんでこんな距離があるかな。もっと近けりゃいいのに」
「そうですねぇ」
「どうして住む場所が違うんだろうとか、どうして言葉が違うんだろうとか、どうして一緒に住めないんだろうとか、どうして帰る場所が違うんだろうとか、思わないか」
こぼす文句は、若者らしいそれで。きっと怒るだろうから言わないけれど、可愛いものだ。
「なに笑ってるんだよ。おかしなこと言ってるか?」
日本はそう思わないのか?
暗に意味する言葉も透けて見えるほどにわかりやすい不満。
それはやはり、可愛らしい。
「いいえ。私もおなじことを思っていますよ」
「それだけ?」
横並びに座って、片手に搭乗券とパスポートを握った私の、反対側の手はイギリスのそれに握りこまれている。彼の質問に、なんと答えようか。
「どうして手を繋いだまま街を歩けないのだろうとか、どうして夜は明けるんだろうとか、どうしてあなたと出会ったのだろう、とか。思います」
「出会うことに理由は要らない。出会うべくして出会うんだ」
「えぇ、そうかもしれませんね」
ゆるゆると時間が流れていく。会話のスピードは遅くなかったが、間をたっぷりとったものだったから、気がつけば5分、10分と経っている。重なった手の温もりから、過ごした同じ時間を回想して、楽しかったこと、交わした言葉、小さなケンカまでも愛おしく感じていた。
そろそろ時間だ。行かなければ。そう思うと、同じことに気がついたようで、名前を呼ばれた。留守番を頼まれた、小さな子どもが母との別れを惜しむような声で。それに笑みを返す。
「帰る場所が、違うと言いましたね。イギリスさん」
「うん」
「同じだと、私は思っています」
「うん?」
「私はどこからでも、イギリスさんに帰るつもりでいます。次に出会う場所が例えば地獄でも、そこにあなたがいれば、私は帰ってきたと、思います」
「そ、か」
言った言葉を、かみしめるように時間をとって、それからはにかみ笑う。
ねぇ、愛おしくてしかたがない――
......END.
作品名:Say You Love Me 作家名:ゆなこ