二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

いかにして君は僕の識別された一個となりうるか?

INDEX|1ページ/1ページ|

 
過去の戦いの大量の資料や記録に埋もれた部屋。記憶細胞である記憶さんはここで抗原の記録を管理し、B細胞である俺の武器も保管されていた。そして抗体が必要になり、出動の命令が下るまで、ここで二人待機する決まりとなっている。
「記憶さーん、今戻ったッスー」
今しも俺がそんな部屋のドアを開けると、部屋のもう一人の主はデスクに突っ伏してうなされていた。
苦しそうに眉間にしわが寄っている。

記憶さんはしょっちゅう悪夢にうなされている。しょっちゅうデスクで寝落ちもどうかという話だが。
過去の記憶を夢に見るのだそうだ。自身が意識出来ない記憶も含めて。
(確かに、記憶細胞達が引き継いているのは世界の誕生からの戦いの記憶なのだから、それが悪夢であるのはある意味必然といえる)(なんなら起きていても、よく頭を抱えては他人に分からない何かに怯えている)。

いつものように記憶さん、記憶さんと声をかけたが起きる気配がない。
顔を覗き込むと、ううと声がもれた。
間近で見る顔は黙ってさえいれば綺麗な部類だろうけど、繊細というには見てるとどうも不安になるような、神経質な印象の方が勝ってしまっている。俺が年上のこの人に、何だかんだと放っておけない感じになるのは、この顔のせいもあるんじゃなかろうかと近頃疑っている。

いやそれより今日は何だかうなされ具合が、いつにも増してひどいようだった。
「ちょっと。大丈夫ですか」
今度は軽く揺すってみたが、それでもまだ起きてくれない。
少し迷ってから、鼻を摘まんだ。

すぐにぶはっと息が漏れて記憶さんが跳ね起きた。
「大丈夫っスか、記憶さん」
「ハッ!?B細胞!聞いてくれ今俺は恐ろしい夢を見た!」
起きると同時に記憶さんの手が、恐ろしい勢いで作業服の袖を掴んだ。
「もう、またそれですかぁ」
別に体の調子が悪いとかではなさそうだ。通常運転の記憶さんだったので一安心である。
「あれでしょ~、天変地異とか世界が終るとか。あんたの世界は何回終わってんだって話ですよ」
あははと笑う俺を、記憶さんは必死な顔で見上げてきた。
「いやいや違うんだよ、今日は!」
「今日は?」
聞き返すと、突然記憶さんは妙な顔になって黙ってしまった。俺を掴んでいた手を離して頭を振る。
「……あ~、いい、いい。やっぱいいや。何でもない」
「何スか。言ってくださいよ」
「何でもないって」
いつもこっちに理解できるかどうかもおかまいなく、意味不明な話を振ってくるくせに、こういう言い方をされると逆に気になる。

「今さらあなたが多少おかしいこと言い出しても誰も気にしないですよ。つーか抗原の記憶でしょ?俺の後学の為」
「だから、そういうんじゃなくて。ただの夢なんだよ」
言いづらそうにしているのを見つめていると、根負けしたか、渋々といった様子で口を開いた。
「えーと、だからぁ、その、見たんだよ。お前が死ぬ夢」
「ええ……冗談でも免疫系に向かって言ったらあかんやつでしょ……記憶さん、俺のこと嫌いだったんですか」
「引くなよ!お前が言えって言ったんだろ!」
「なーんて、まあ俺はただの夢なんて気にしないッスけどね!」
悪い夢を見て縁起が良くないとか、悪い予兆だとか。俺は今ここで起こってないことなど気にしても仕方ないと考えるタイプだ。実際あったことの記憶を夢に見ることが多い記憶さんは、また夢に対して違う感覚があるんだろうなと思うけど…。

だけどちょっと気になったので、聞いてみた。
「ね、ね、記憶さん。俺死んじゃったって、それやっぱり夢の中で泣いたりしましたか?」
この人ってあれだな泣く時は身も世もなくべそべそ泣きそうだって、人の悪い考えを察した訳でもないだろうが、
「変なこと言って悪かったよ」
記憶さんは苦虫を噛み潰したような渋い表情になった。この話題は続けたくないようだった。
話は終わりとばかりに、整理途中ののファイルを取り上げる。俺も自分の席に戻った。
目の端が赤いのは、寝起きの所為だったろうか。

ずーっと同じ職場にいると、話題も豊富にあるわけじゃないし、二人とも無言になっている時も多い。
部屋にはファイルをめくる音とペンを走らせる音、俺の工具の音だけがしている。
俺は記憶さんといるこういう時間が、落ち着くから結構好きだった。
ずっと一緒に居るから、もうお互いが空気みたいになってて、でも一人でもない。

手を動かしながら、俺はさっきの記憶さんの話を考えた。
(あんまり考えたことなかった。例えば俺が死んだら。死んだらかあ……)
この世界は誰であろうといつ何時あっさり死ぬか分からない。昨日の友人や知り合いが今日はいないなんてよく聞く話だ。
「まーでも実際俺がいなくなったとして。すぐにここも別のB細胞が来るんでしょうねえ」
別に深い意味があったんじゃなくて、ちょっと思ったことを口にしただけだった。

背中でファイルを手繰っていた音がぴたりと止まる。
「そりゃそうだろうさ」
何の感傷もなくあっさり記憶さんが答える。
「でもなあ」
「はあ」
「俺はでも、この部屋で始終顔を突き合わせてるんなら、やっぱりお前がいいよ」
「そうスか」
何かがストンと腑に落ちた。
何故か嬉しい気持ちになったから、俺は振り向いて、記憶さんににっかと笑った。
「そっスね!他の誰かが来ても、あなたみたいな記憶細胞に付き合えると思えないですもんね!」
「どーゆー意味だよ」
ムスッとして心外そうなので、記憶さんの奇行の数々を指折り数えて見せる。
「えー?そりゃあ記憶さん、いつもひとりで顔芸しながらぶつぶつ言ってるし、いきなり挙動不審になっておかしな行動とったりするし。ムンプスウイルスの時なんて何ですか、記録されてる抗原忘れるとかありえないし、未来予知?あはっ、あれもうギャグでしたね!」
「すみませんもうやめて下さい」
記憶さんが顔を覆って落ち込み始めたので、その辺にしておいた。

記憶さんは頬杖をつき、昔のお前はもっとかわいかったよなーとかぶちぶち言っている。
それなら記憶さんも昔はもう少ししっかりしてた気がするんだけどなあと思った。俺がB細胞になるべく知識を叩き込まれてた時は、正直ちょっと怖い人だと思ってたし。
あれ、でも今振りかえると変なところで抜けたりして、勉強以外は実はそうでもなかったかも……?

すると記憶さんが椅子から急に立ち上がった。
「どこ行くんですか」
「散歩」
記憶さんは夢を見た後は大体こうして歩きまわるのが常だっだ。理由は知らないし、ただの癖かもしれない。

出て行こうとした記憶さんを入口の所で呼び止める。
「あ、じゃあ帰りにお茶買って来てくれません?何だっけ、新発売のやつ!」
「分かった分かった」
「忘れないで下さいね!あとこないだみたいに道行く白血球や赤血球に迷惑かけちゃダメですよ」
「かけてないよ!」

――記憶さんが出て行った後、俺は空になったデスクにその光景を見た。
ある日別の記憶細胞が席に座っている。俺はその細胞を、やっぱり記憶さんと呼ぶのだろうか。

答えはさっきあの人が言ったとおりだ。