声にせずとも、思いを叫ぶ
部屋の片隅に置かれた香炉が、しつこくはないが重くて甘い花の香りを吐き出している。
さっきまで散々愛されていた体が重い。
隣では政宗様が寝転がって煙管を吸っていらっしゃる。
寝煙草は火事の原因になりますよとお諌めしようとしたが、体がだる過ぎて
言う気力すらない。
「・・・なぁ、小十郎。お前のコレってさ、痛くねえのか?」
そう言って政宗様は俺の背中に手を伸ばし、指一本でつうっと撫でた。
その途端、体の中から不意に甘い衝動が突き上げた。もう十分だと理性は
思ったにもかかわらず、本能の方はまだ足りないらしい。俺は政宗様に気づかれまいと、
どさりと布団に顔をうずめた。くぐもった声で答える。
「彫った後なら、痛みはございませぬ」
背中は武人の常として傷だらけだが、政宗様が言っているのは俺の背中にいる
一匹の蒼い龍のことだろう。腕のいい彫り師に彫らせたそれは、右目だけが
筋彫りのままで瞳が入っていない。
『愛してるぜ、小十郎』
その言葉を聞くたびに胸が痛む。許されるものならばこの思いをぶちまけて
すべて政宗様に伝えたいが、俺は家臣として政宗様に使えねばならない。
小さな声でたった一言「お慕いしております」としか言えないのだ。
だからこそ俺は叫ぶ。声には出さず、全身で。
俺が死体となり、首と胴が切り離されたら、首の方は顔の傷が、
胴体の方はこの龍の刺青が、声無き声で言ってくれるだろう。
片倉小十郎は、この若き龍の物なのだと。
「彫った時はどうなんだ?相当痛かったんじゃねぇのか?」
「武士たる物、そのくらいの痛みなどなんでもありませぬ」
この身を焼き焦がすようなこの思いを、あなたにすべて伝えられないことに比べたら、
刺青の痛みなど何だと言うのだろうか。
『右目に色は入れないのかィ』
『てめぇは腕がいいんだから、飛んでっちまうだろう』
『素直じゃないねェ、あンた』
「小十郎」
煙管を片付けた政宗様がしっかりと抱きついてくる。
この龍にがんじがらめにされて、俺はもう窒息しそうだ。
作品名:声にせずとも、思いを叫ぶ 作家名:taikoyaki