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07:人形の鍵

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ああ、見られちゃった。
 そう気付いても慌てなかったのは、「紀田君なら大丈夫だよ」と言われていたからだ。それを信じるかどうか、という選択肢は沙樹には存在しない。ただ、その言葉を事実として受け入れるだけなのだ、自分にできることと言えば。



「沙樹、これ……」
 そう言った正臣の声は震えていて、眉も顰めていたから、この子は良い子なんだ、と沙樹は思う。それはどこか、上から見下すような感想だったのかもしれないし、あるいは境界線を引く作業だったのかもしれなかった。私と貴方は違うのね、と。正臣はそれ以上言葉を繋げなかったから、沙樹はちらり、と自分の手に目を向けた。正臣と繋いだ手。めくれた服の袖から見える、指の跡のついた手首。過去の、所謂虐待の跡。今の沙樹自身はそれを見ても、特に何も思い浮かばない。痛みも恨みも恐怖も、抱く必要はないとあの人に言われたから。ただ、やっぱり正臣みたいなのが普通なんだろうと思う。こんなふうに、途惑って、何を言えばいいのかわからなくなるのが普通の人の、反応なのだろうと思う。こうして沙樹と一緒に公園のベンチに座っている正臣も、その横で鳩にエサを遣っているおじいさんも、ボールを手に遊んでいる子どもも、みんなこんな傷跡を知らずに生きていくことはきっと容易いのだから。
 けれど、臨也さんは、動揺しなかった。手首の青あざどころか、身体中のあざや煙草の跡、ガラスなどですっぱり切れた傷口など、それら全部を眺めて、ふうん、と一言呟いただけだった。さも、それが当たり前なのだというように。すべて、予定調和の内なのだとでもいうかのように。彼は人間じゃないのかもしれない。普通の人間は、他人の傷口を見ても、痛いと感じるようにできているから。そして、人間らしくないからこそ、彼は沙樹のすべてを受け入れてくれるのかもしれない。きっとかみさまには感受性なんてない。それさえなければ、人間一人の感情なんて、本のページみたいなものだ。残酷なことをするのも、人を完全に受け入れるのも、根本はきっと同じ事。臨也に全てを托すかわりに、沙樹はこうして人形になる。多分、私は受け入れられたいのだ。沙樹は、正臣のまだ幼い手を見ながら、そう思う。それは多分酷くばかげたことだろう。
「正お――」
「なあ、これやるよ、」
 そう言って、繋いだ手が離れていく。代わりに手首に縛られたのは、黄色の布だった。いつも彼が腕に巻いているものだ。手首からずれない、けれど痛みを感じない程度に強く結ばれたそれは、すっぽりと沙樹の過去を包み隠す。隠したって、そこにあることは何一つとして変わらないのに。けれど、こうでもしないと、正臣が隣に居られないなら、それでもいい。今ずきずきと痛む心は、ちゃんと忘れることができるから。
「別にいいよ、隠すだけなら服でも大丈夫だし、これ大事なものでしょ?」
「これは、俺のわがままだから」
「わがまま?」
 そんな沙樹の問いを、正臣は笑って流した。どこか途惑うようにそらされた視線は、黄色の布の上で交差する。この色は、彼にとって大事な色だ。それから、その黄色の下で、手を繋ぐ。人の体温は沙樹にとって怖いものの一つなのに、正臣の手はどうしてだかひどく手に馴染むのだ。カチリ、とねじを巻かれる音がする。心の鈍痛はすでに引いていた。
「沙樹はさ、少しぐらい頼れよ。沙樹がどう思ってても俺は、大事だって、一緒に居たいって思ってるから」
 この傷も一緒に背負いたいよ。そう言う正臣の顔は、見れなかった。だって、目尻が熱くなるのを感じるだけで、精一杯だった。

人形の鍵
正臣と沙樹
作品名:07:人形の鍵 作家名:きり