相棒らぶこおる
エレキファイトの幕開けだ。
悲鳴のような歓声を浴びながら、ちいまるは跳躍する。払暁蜘蛛の特徴は、その素早さだ。一見禍々しく大振りのように見えるものの、その実身軽に設計されているエレキは、シュトルツとおうみの技術がありったけ注ぎ込まれている。その上ちいまるはこのエレキを使いこなせるよう、毎日このエレキを使った鍛錬を行なっている。最早、ちいまるにとってこのエレキは身体の一部と言っても差し支えなかった。
素早さで相手を翻弄しつつ、間合いを詰める。いくらエレキファイターとはいえ、元忍びであるちいまるの動きに普通の人間が追いつけるはずもなく、次第に追い詰められてゆく。相手はちいまるの攻撃を間一髪で躱したものの、襲ってくる第二撃までには対応しきれずまともに受けてしまい、地に伏せることとなった。
「WINNAR!ちいまる!」
試合終了の合図と共に、ちいまるの勝利に観客が湧く。その声援を浴びながら、ちいまるはステージを退場した。
たったった、と駆けてくる足音が聞こえる。
「お疲れ!さっすがボクのマイダーリン!今日も凄い活躍だったよ!」
笑顔で祝いの言葉を投げかけてくるのは、ちいまるの調石師であるシュトルツだ。齢は17であり、ちいまるとは10の差がある。ふざけた言動は毎回のことなので、ただ一言「ああ」とだけ返す。
「お?認めちゃった?ついにボクのダーリンになってくれる気になった?ボクのことハニーって呼んでもいいよ!」
「誰が呼ぶか!!!!!」
拳骨で両のこめかみを挟み、ぐりぐりすると「きゃー!暴力反対ー!!」と悲鳴が上がる。このじゃれ合いも二人にとってはいつものことである。そして、このじゃれ合いを遮るかの如く、「あの…」と第三者が二人の会話に割って入るのもいつものことであった。
「………?」
ぴたりとじゃれ合いが止まり、声の方向に二人して黙って目を向ける。声の主は先程の対戦相手の調石師だった。
「……何か用でも?」
黙りこくった調石師に、痺れを切らしたちいまるが声をかける。
「お、俺と組んでくれませんか…!」
絞り出した男の声に、ぎゅっとシュトルツがちいまるの服を掴む。その様子から不安が見て取れた。安心させるようにぽんぽんと頭を撫でると、小さく「わっ」と声が漏れる。わしゃわしゃと髪を搔きまわすと、ちいまるは相手に視線を移した。
「俺には、勿体ないお言葉。恐悦至極でございます。」
「じゃあ…!」
期待したような男の声に、シュトルツの服を掴む手に力が篭る。視線で訴える。心で懇願する。「行かないで」と。頭を撫でられても、次に出る言葉が恐ろしくて仕方ない。
「ですが、今回は辞退させて頂きましょう。未熟で半端者の俺には、貴方は勿体ない。俺には同じ半端者のシュトルツで充分です。」
「で、でも俺の方が上手く調石できる!つまり、俺と組んだ方が強くなれる!貴方にとっても悪い話ではないはずだ!」
「だから言ってるでしょう。俺は半端な未熟者。他の者と組む気はありません。俺には、シュトルツ以外は考えられませぬ故。」
ちいまるはそれだけを告げると、さっと男に背を向け、「行くぞ」とすたすたと歩き始めた。
歩く速度が速かったのか、シュトルツが後ろから「ちいさん待ってー!」とパタパタと小走りで駆けてくる。
「ちいさんってば、速い!」
軽く息を切らしながら抗議する。そういえば、自分とシュトルツは身長がだいぶ違うということを思い出し、ちいまるは心中で少し謝罪した。だが、実際に本人に告げるのは躊躇われるので、「お前が遅いだけだろう」と皮肉で返す。「ちいさんの意地悪!鬼!悪魔!」と完全にいつものノリになった。
しかし、そこに「でも」とシュトルツが続ける。
「さっきのは嬉しかったなあ。ボク以外は考えられないって?ボクのこと、ハニーって呼んでもいいよ!」
「な…っ!」
先程のセリフを思い出し、顔が熱くなる。あまりにも男がしつこかった為、はっきりと「シュトルツ以外と組む気はない」と言った方が面倒も無くて良いと思っただけで発した言葉だ。だがあれでは、恋い慕う相手に恋情を告げているようにも取られてもおかしくはない。そういうものではないというのに。
「あ、あれは……」
「いやあ、嬉しかったなあ。ボク、てっきり、ちいさんが……あの人と組んじゃうんじゃないかって……」
シュトルツの声が涙声になり、震える。瞳にも涙が溜まっていた。うあああん、と小さく声を上げて泣き出す。その姿にぎょっとし、焦ったちいまるは自身の着物で涙を拭き取る。
「うあああ、ありがと、ちいさんー…。ボクもちいさん以外いないからねぇぇ…」
その言葉にまた頰が熱くなる。
確かに、あの日シュトルツと相棒を組むと決めた時から、自分の隣に居るのはシュトルツ以外に考えられなくなっている。どこか、自分の生活圏に彼女がいる事が当たり前になってる気がした。ちいまるはそんな自分達の関係が、恋仲とは違うにしてもなんとなく、似た物であるような気がした。
「ちいさん大好きー!」
「ええい、くっつくな!」
じゃれつくシュトルツと軽い口喧嘩を交わしながら、たとえ短くとも少しだけこの心地良い関係が続けば良いと思った。